月岡紬と出られない部屋



 電子掲示板のようなものに浮かび上がった文字。それを覗き込んで、私たち二人の口は上下が一緒にいることを放棄した。

「は?」
「……えっ」

 何が起こったか手短に説明しよう! いづみちゃんより仰せつかった、舞台の小道具探しを紬さんとしていた訳なのだ。倉庫にあるんじゃないかな? 支配人、何でもかんでも放り込んでるし!なんて二人で和やかに話して、その場所を目指す。
 合間に「そういえば、駅前におしゃれなカフェが新しくできるらしいです」「あ、来週だよね?それ俺も見たよ。良さそうだよね」「ケーキ屋さんも併設してるみたいだし、期待大ですね!早く行きたい~!万里くんも誘って、お茶会もいいですね」そんな会話をしながら歩く。肯定の言葉と共にはにかむように笑う紬さんマジ天使、ごちそうさまです。今日の癒しいただきました~!なんて、そんな気持ちと共にやってきた倉庫。
 電気をつけて、二人とも足を踏み入れたが最後。閉まる扉、カチリと響く電子音。おや?と思った時には、時すでに遅し。古典的な罠にはまったような気持ちになって、とても悔しい。
 最初は誰かの悪戯かな?と思った。けれど、紬さんと二人、固く閉じられてしまった扉を前へ後ろへと押したり引いたりしてみるがビクともしない。二人で体重をかけてもダメなんだから、もうダメだ……。

「ていうか、まず、この部屋って電子錠とかじゃないですよね」
「閉まった音、電子音だったよね?おかしいな」

 このMANKAI寮は綺麗ではあるが、なかなか歴史のある建物だ。だから、電子錠なんて最新の機能は備わっていないはず。二人して首を捻る。あ、そういえば、いづみちゃんと東さんとか、密さんもこんなところに閉じ込められたって言ってなかったっけ? それと同じ事象なのでは? 寮の七不思議実体験の話を思い出したところで、背後からポーンッ!という軽い音が響いた。そして冒頭に戻る。

「な、なにコレ」
「あ、何か書いてあるよ」

 電子掲示板に浮かぶ文字を辿る紬さんに倣う。そして、その文字列は私の思考を停止させるのに十分な威力を持っていた。一発KOもんだよ。


紬さんとさんは『ハグしないと出られない部屋』に入ってしまいました。
50分以内に実行してください。


「ム、ムリムリムリムリ!」
「え、あ……あはは……ちゃんそこまで嫌、かな」
「嫌なんじゃなくて無理なんです!ポジティブな意味で無理!」
「ポジティブな意味の無理って?!」

 首を勢いよく横に振り続ける私は、さながら壊れたロボットのようだったであろう。紬さんは眉をへにょんと下げて、困ったような怖がっているような、それでいて悲しそうな顔をしていた。そんな顔をさせたい訳じゃないんです、しかも無理という言葉を否定的な意味で認識されている気がする。そりゃそうだ、普通に受け取れば拒否だ。でも違うんです、しょうがないんです、私の気持ちも誰か汲み取って欲しい。
 このMANKAIカンパニーの天使、紬さんとハグなんて、どんなご褒美だこのやろう! できることならしています。していますとも。でもハグなんてしたら最後、私の心臓は秒も持たずにきっと破裂するだろう。恐ろしい、月岡紬は天使の皮を被った爆弾だ、私にとっては。最終兵器月岡紬。
 ふう、とひと息ついてから、私は気を持ち直すように周りを見回す。

「ともかく、ドアがだめなら窓とかどうですかね?」
「……う、うーん、開かないや」
「まじですか」
「まじ、だね。前掃除に入った時には開いたんだけど」

 ガタガタと窓の縁を揺らす紬さんに倣って、私もその隣の窓に手を掛ける。おお、本当に開かないや。音を鳴らすだけで、実際にはそこから動きもしない窓を恨めしく思う。
 この現状、唯一の救いで唯一の問題は一緒に閉じ込められたのが紬さんだったということだ。密室という言葉は、とても閉塞感があるけれど少なからず好意のある人と二人きりだと思うと魅惑的な言葉だ。魅惑的すぎて逆にクラっとするぜ。
 けれど、今はクラっと来ている場合ではない。どうしたもんか、まずこの時間制限以内に脱出できない場合はどうなってしまうのか。主犯が誰かによって全然重みの違う罰ゲームがありそうだけど……もし本当にこの寮の呪いとかだったりしたら。結果、ずっと紬さんとこの中に閉じ込められる? なにそれ怖い、なにそれおいしい。

「いやいやイヤイヤ、おいしくない」
「え、ちゃん何か食べてたの?」
「いえ、食べてないです、独り言!よーーっし、何もしないでいるのもあれなので、先に当初の目的を達成しましょう!」
「あ、そうだね。じゃあ、小道具探そうか、そのうち扉も開くかもしれないし」
「了解です!えーと、今回必要なのって、小刀と拳銃の弾とか、お酒の瓶とかですよね?」
「そうだね、瓶は入口の方にケースで置いてあったよ。拳銃の弾は小さいし見つかりにくそうだね」

 たしかに、倉庫の中には物がありすぎるし、整理整頓されてるわけでもないから見つかりにくそうだ。とりあえず、片っ端から中を見ていくしか方法はなさそうだし、紬さんと手分けして中を見始める。
 が、小刀はあったけど、弾がない。全然ない。探す場所が、残るは棚の最上部のみとなってしまって、私たちは顔を見合わせた。小道具として一番使われそうな拳銃、その弾の収納場所がそんな見つけにくいところにあるんだろうか。でも、支配人だったらやりかねないよなぁ……そういうしまい方。
 自分をそう納得させて、上の方の箱を取る手段である脚立を用意、そして登る! 手段も目的も明確ならサクサク仕事は進めた方がいいよね。でも、古い建物だからか、脚立が古いのか、ガタガタと音が立つ状況に「おおう……」と小さく声が漏れる。すると、即座に脚立が安定した。

「支えてるから、大丈夫だよ」

 心許なかった脚立は、紬さんの手によって落ち着いたようだった。周りにいる人たちにマッチョが多いせいかなかなか認識されないが、紬さんもやっぱり男の人だなと思う。「任せてね」なんて笑うところがとても素敵だ。グッとくる。
 脚立の安全性は紬さんに任せて、私は箱を物色していくが、なかなか見つからない目当てのもの。時間だけが過ぎていく。まじで支配人どこにしまったんだ、今度ちゃんと整理整頓すべきだよなぁ、みんなで……。そんなことを考えていれば背中から声が掛かった。

「……あ、そういえば……さっきの話の続き、なんだけど」
「さっき?」
「ここに来るときに話してた」
「あ、カフェの話です?」
「うん、そうそう。えーと……もし、なんだけど、ちゃんがよかったら」

 「来週一緒にどうかなー……と思って」と声をデクレッシェンドさせながらも彼は言った。ここに来る時に話していたのは新しくできる、カフェの話だ。一緒にどうかな、とは紬さんが私と一緒に行ってくれるということだろう。なにそのご褒美!?
 そこでふと、ここに来る時の会話を思い返し万里くんの名前を出した。いやだって、二人で、なんて都合が良すぎるし、いつも通り、三人で定例お茶会の話かな?と思い直したのだ。

「ば、万里くんも誘って行きます?」
「えっと、万里くんも一緒、に……ううん、今回はちゃんと、俺だけで」

 ということは、つ、紬さんとカフェデート……!? なんて贅沢なっ! いや、こんな都合のいい話があっていいのだろうか……? まず、紬さん側はデートなんて感覚はなくて、カフェ好き仲間として、私があまりにケーキを楽しみにしていたから誘ってくれているだけかもしれない。が、私の心には邪念が生まれた。ただのお茶会だって、言い方を変えればカフェデートでしょう。うん。私にとって都合が良い展開過ぎるな。
 どちらにせよ、紬さんのお誘いだ。私の答えは「もち、もちろん行きますっ!」雑念が多すぎてどもった。紬さんに顔を見られない位置でよかった。本当に雑念が多すぎて顔がすごいことになってそう、にやにやへらへらしてしまう。
 にやにやへらへらしながら、手を掛けていた一番高い場所にあった段ボール箱。少し重い物が入っていたようで、箱は微動だにせず、私は浮かれた心で力一杯それを引き抜いた。すると、思った以上にスコン、と勢いよく箱が抜けた。力強すぎか?
 邪な気持ちが私の腕力に影響を与えたのか、ただの私の不注意か定かではないけれど、事故が起こったことだけはわかった。

「っえ」
「あ、危ない……っ!」

 滑り落ちる段ボール箱、降りかかってくる小道具たち、傾いていく自分の体。や、やばい、これは、やばい! やばいね!
 ピンチの時っていうのは、こんなに動作がスローモーションに見えるものなのか。ゆっくりと視界に入ってくる天井は、少し古びた色をしていた。見た目は綺麗でも、やっぱりこの建物も築年数経ってるんだよなぁ。でも、結構アンティークっぽくていいかもな。なんて、現実逃避もいいところだ。
 ガシャン、どんっ!と音が、響く前に、私はぎゅっと目を瞑った。


 後ろでピーーー!と音がして「クリアおめでとうございます」という声が電子版の方から聞こえた。そうか、クリアですかよかったね。
 はてさてクリアしたということですが、問題の部分をご確認ください。「紬さんとさんは『ハグしないと出られない部屋』に入ってしまいました」ということですが、私は今どこにいるでしょうか。

「いたたた……ちゃん大丈夫だった?」
「は」
「怪我はない……かな?よかった」

 その疑問へは私が回答しましょう。見事、三脚から落下した私はあたたかくて柔らかく、それでいて見た目よりしっかりした腕の中に収まった。それがどこかって? 月岡紬さんの腕の中です。ごめんなさいありがとうございますおめでとうございます!
 呆然としながら、声を出そうとすれば全く声が出ない。とにかくお礼を、紬さんに怪我はないのか、私は大丈夫です。そんな言葉たちが絡まった糸のように解けず、私の口からは何も出てこない。

ちゃん?」

 紬さんが不安げに私の名前を呼ぶ。そこでやっとこさ「だいじょ、ぶです」と声を絞り出した。詰めていた息が一緒に吐き出されて、脳に酸素が回ってきたらしい。感覚が戻って来ると同時に、心臓がすごい勢いで血液を全身に回していくのがわかる。どくどくと耳元で聞こえる音は私か、はたまた紬さんのものなのかわからない。
 紬さんは、大丈夫ですか。
 私のことはいい、それよりも受け止めてくれた紬さんに怪我はないのか。片言で問いかければ、少しだけ強まった腕の拘束と、こめかみに寄せられた頬の柔らかな感触。それから、安堵を込めた柔らかなため息が、私の頬を撫でた。不意をついた感覚に、体が震えた。

「俺は大丈夫。ちゃんに怪我がないなら、いいんだ」
「な、ら、よかったです。……でも、すごい不注意……痛い思いさせて、ごめんなさい」
「ううん、いいんだ。……ほら、俺って丞とか臣くんみたいに男らしくは見えないだろうから、ちょっと不安だったんだ。けど、俺だって……こんな風に好きな子を守れる力くらい、あるからね」

 証明、できたかな。そう言って、少し恥ずかしそうに笑いながらも更にぎゅうっと私を腕の中に押し込む紬さんに、私はもうキャパオーバー。やはりMANKAIカンパニーの大天使月岡紬は最終兵器だった。核爆弾並のそれは、私に被弾した。

 おめでとう、私の心臓は爆発した。



 - - - - - - - - - - -

「◯◯をしないと出られない部屋」からお題をお借りしました。
https://shindanmaker.com/525269