テコ入れロマンス



「レオリオ!聞いて!最近、クラピカの様子がおかしいんだけど!」

 開口一番にそう言ってきたの声は、電話機越しでもとてもデカイ。またか、そう思った。
 正直に言えばクラピカの様子がおかしいのなんて、最近どころの話ではない。コイツを前にした時限定だが。ハンター試験の時はまだ普通だった。が、ヨークシンでの再会以降はやたらとおかしかったのを覚えている。
 今更かよオイ、そして当人同士でうまくやってくれないか、そういうのは。こうやって連絡を取り合うことで、オレはクラピカの不快指数を上げているわけだ。困ったことに(嬉しいことに)、何かある度には俺の携帯を鳴らす。
 あのメンツのなかでダントツで大人なこのオレに頼ってきているのだろうと思うと無下にもできない。だが、人の恋路を邪魔して死にたくはない。そんな思いを込めて、オレはもう回答を渡してやった。決して面倒なわけではないし、決してクラピカが怖いということでもない。どちらかと言えば、アイツには同情しているレベルだ。

「あーそれはな、恋だよ。恋」
「…………恋?」

 たっぷり間を空けて呟かれる砂糖菓子のような甘ったるい単語。の口からそんな言葉が形作られるとは、ゴンもキルアもクラピカも夢にも思わないだろうな。別にかわいくないだとか、モテないだとかそういう話じゃない。ただ、の意識がそちら側にいくよりかは、ゴンやキルアと走り回る方へと持っていかれているだけの話だ。つまり本人の意識次第ということだ。
 コイツはクラピカ含め、オレたち四人のことを大切な仲間だと思ってくれているだろう。それは十分に伝わっている。けれど、それではダメなのだ、もう今は。クラピカにとっては。
 少しは意識してやってくれ、とすがるような思いで言葉を続ける。

「そーそー、アイツは恋してるからお前と話したいんだよ」
「えっ……まじか、そうなんだ……そんな大役を私に……それ、すっごい嬉しいかも!クラピカと話してくるわ!!」

 ありがと、レオリオー!と最後を飾り電話は切れた。嵐のような勢いだった。一仕事終えた、その意味を込めてデカイ息を吐いた。
 それはそうと、予想外の言葉だった。まさか、嬉しいとは。ということは、うまくいってしまうのでは? こりゃ、ゴンとキルアも呼んで祝杯をあげる時か?! いやぁ、いいことした後は気持ちがいいもんだ、勉強にも身が入るじゃねーか。

 そんなことを思ったオレを殴りたいと思ったのは、いくらか時間を置いてから再度鳴り出した携帯をとった時だ。呼出人はクラピカ。おうおう、感謝の連絡ですか? 礼は酒を奢ってくれりゃあいいぜ!なんて言って、囃し立ててやろうかと思えば、

「貴様、に何を言った?!"クラピカが誰かに恋い焦がれてるらしいって聞いて……相談に乗るよ!"などと……!本人からそんな話をされた私の、立場は!おいレオリオッ!!」

 けたたましく響いたクラピカの声に、オレは表情を失った。自分が彼女にどんな言葉を送ったのか思い返してみれば、"誰に"の部分をすっかり抜かしていた。オレの間抜けめ。そして加味しなければいけない大事な要素を忘れていた。あ~~~~、そういやアイツすっげーアホだった。ヤベ。
 「だいたいお前は、いつもいつも……!」と続け様に流れていく言葉たちをそっと遮断し、オレは携帯の電源を落とした。クラピカ、すまん。


 そしてまた一つ時間を置き、オレは携帯の電源を入れ直す。途端に様々なものの着信を知らせるように体をブルブル震わせた。薄目でその内容を確認すると、不在着信、不在着信、メール、不在着信、メール……。その中で、クラピカからのものが途切れた後に一つ、の名前を発見して思わずオレはそのメールを開いた。
 そして、先ほど自分で電源を落としたクセに、すぐに携帯をいじりコール音を聞く。「レオリオたすけて」そんな短いメッセージを見せられちゃ、男として、仲間として黙っちゃいられない。

「レ、レオリオ……」
「ああ、オレだ!おい、どうしたってんだ!」
「どうしようレオリオ、私何やってんだろ!うわーーー!心臓飛び出そう、いやもう口から出そう!今なら私、キルアよりうまく心臓出せるよ……」
「いや訳わかんねーし、何があった!」

 混乱からくる言動のおかしさは置いておこう。話の概要を聞いて、混乱を取り除いて整理してやる。理解したオレは頭を抱えた。オレが携帯の電源を落とした後の話だ。
 は怒ったように立ち去った(オレに電話をかけに来た時だろう)クラピカに焦り、探したのだという。そしてようやく見つけたクラピカに「自分が何か見当違いのことを言ったのが気に障ったのか、そうならごめん」という意図の話をしたらしい。すると、今の俺と同じように頭を抱えたクラピカが振り返る。薄っすらと瞳が色付いているのが見えた、と。

「そ、そしたらクラピカが “怒ってはいない。怒ってはいないのだよ。ただ……見当違いではあるな、私が恋をしているという話ならば”」
「な、ならば?」
「“誰でもない君に対してだ” って……ど、どうしよう」

 どうしよう、が受話器部分から永遠と生産され続けている。こりゃ、混乱するわ。周知だが、当の本人だけは知らなかったのだから。
 つまり、意図せぬ形かもしれないがクラピカはに想いを伝えたらしい。言葉の意味を飲み込めずにポカンとしたと視線を合わせ、クラピカは照れたように唇を緩めたらしい。オレに電話して来たあの感じからすると、内心は相当焦りやら怒りやらを感じていただろう。それでもそれをには見せず、最後には「考えてみてくれないか、」と言ってからその場を去ったらしい。どんだけ冷静沈着なんだよ、オイ。

「考えてって、何を、ど、どうしよう!えっ、ていうかこの状況レオリオのせいじゃん!うわーーーーー!どうしよう!」

 いや、オレのせいかよ?! いやオレのせいでもあるか……? 頭の中で最初からなぞり、この事件の片棒を稼いだといっても過言ではないかと自分でも納得した。
 ただ、あまり悪いと思っていない。その理由としては、なんだかんだ言ってに脈がありそうだからだ。

「クラピカがあんなに照れるのなんて初めて見たし、それ見てから、なんか心臓が本当に口から出そう、痛い」

 お嬢さん、人はそれを恋と呼ぶらしいぜ。