不器用コンチェルト



 三月、から「全員集合!」と連絡があった。忙しい時にはしょうがないけど、でも会える時には集まろうよ!というゴンとの発言から基本的には全員集合が鉄則になっていた。今回の場所はが取っていたホテルの部屋。ゴンとレオリオは一日早く着いたらしく、同じホテルを取ったと次いで連絡が来た。
 だから、しょうがねーなと思いつつ、クラピカを引き連れオレは指定の部屋までやってきた。……んだけど、

「おまっ……どんだけチョコ持ち込んでんだよ」
「え、新作の生チョコに、冬季限定トリュフ。コンビニ限定のティラミスと、こっちはベーチタクルホテル限定のチョコマカロン。あと……、まあたくさん!じゃじゃん、これはキルア用。あげる」
「マジ?!食う!」

 ドアを開ければそこはお菓子の国だった。そんなレベルのチョコの量に、埋もれるようにしているのはゴンと、それにレオリオだ。前二人は仲良くチョコを頬張ってるけど、レオリオに至っては少しげっそりしている。甘さにやられたらしい。ダッセ。
 オレもかなりお菓子にはうるさいと思うけど、こいつほどじゃない。は美食ハンターという訳じゃないが、料理の腕は立つ。あの二次試験の女試験管にも良い線いってるなんて言われていた気がする。ただ、お菓子だけはてんでダメ。前にこいつが作ったケーキ見たけど、消炭みたいだった。あれは人の食いもんじゃないね。
 それは本人も自覚があるみたいで、お菓子については買う専。よくいろんなところに行ってはお土産にって、いろんなものを買ってくる。からの連絡の一通目が来た時は、今回もそんな感じだろうなと思っていた。良いお菓子が手に入ったから「全員集合!」って。そしてなんだかんだ、オレはこいつの“おいしいお土産”を楽しみにしていたりする。

「……またキミはそんな浪費を、」
「クラピカも食べてよ。いろいろ買ったんだ、ほんと、いろんなところに行って吟味してきた品々だから。えーっとね、クラピカにはね……あれ?ちょっと待って、どこやったっけ」
、どれ探してるの?」
「青い包装の、美味しかったやつ。ゴンが“これ、すごくおいしいね!ちょっと苦いけど!”って言ってやつ」

 ゴンに倣って、山積みのチョコレートに手をつけ始める。クラピカに二の句を継がせないように喋ったは「美味しかった」と言った。つまり、同じ種類のチョコレートを複数買って一通り試食したんだろう。
 ゴンたちを巻き込んで試食したのがどこからどこまでなのかは定かじゃないけど、レオリオが死んでる理由がよく分かった。ていうか、それなら俺の役目じゃない? レオリオがクラピカ引っ張ってくればよかったのに。
 そんなことを考えていれば、やっとはお目当のチョコレートを見つけたらしい。パッと嬉しそうな表情を見せ、はにかんだ。今回の品は相当自信があるらしい。それでも少し戸惑いを含んだ様子でクラピカへ差し出した。理由は簡単だ、クラピカへ渡すそれは、この中でどれよりも特別なのだ。

「……、ゴンもだ。こんな量をお前たちは食べていたのか?チョコレートの摂りすぎは血糖値の急激な上昇の原因になる。甘味依存症になったらどうするんだ」
「大丈夫!甘味依存症は割と前から!」
「そういうことを言っているのではない!適量ならばまだしも、過剰摂取は体に毒だと言っているんだ。レオリオを見ろ、常人ならばああなるだろう」

 いつまでたってもチョコレートを受け取らないクラピカ。しかもアイツの顔すら見れていない。いや、なんでそうなるんだよ。とりあえず片っ端からチョコレートを口に放り込みながら思った。いや、やっぱ流石だわ。どれを口に入れても美味い。いや、そんなことより今は目の前の惨状だ。
 クラピカとは会えばいつもこうなる。まあ基本的に突っかかっていくのはいつもクラピカだ。今回と同じように、が嬉しそうにアイツに話しかければ、なぜかグダグダ話し始める。さっき部屋に向かってた時は「……に会うのも、久しぶりだな」とか言ってちょっとニヤケてたくせにさぁ。オレらも久々だっつーの!
 照れているにしろなんにしろ、物事には程度というものがある。くどくどクドクド、クラピカの口から流れていく言葉に、最初はもいつも通り応戦していた。それも長く続けば、穏やかだった空気にも変化が現れる。

「それに、以前君も気にしていただろう。甘いものの食べ過ぎは体型の変化にも繋がると。一体君はなんのためにこんな量のチョコレートを集めたんだ」

 心底不思議そうにした、その言葉が皮切りだった。いやそれはまずくね? オレでもわかる。がスン、と冷えた顔をした。

「……もう、いいや。クラピカなんかしらない」

 すっと立ち上がったに、最初は意味がわからないようにキョトンとした。その後、徐々に怒らせたという事態を把握したクラピカはサッと顔を青くした。またやってしまった、という心情がありありと表に出ている。

「お、おい、
「いいよ、そんなにイヤならクラピカは食べなくていいしあげないし知らないし、全部キルアにあげる」

 そう言われたクラピカが見せた表情といったら、屍のようだった。腹が痛いからその表情やめてほしい。あー、どっかで見たことあんだよな、この顔。確かハンター試験?の二次試験かな、あの女の試験管に「レオリオと同レベ」って言われた時のやつ。
 アイツの一言はレオリオと同格と言われた時と同じ破壊力があったらしい。クラピカのこんな顔、マジで久しぶり。最近は気張ってることの方が多かったし、コイツにこんな顔させられるの今となってはだけなんじゃないかと思う。一つの才能じゃね、これも。

「ねえねえキルア、クラピカのあの感じって二次試験の時と一緒だよね?メンチさんが、クラピカとレオリオが同レベルって、アデッ!」

 オレが思ったことをゴンが声に出して言ったので、レオリオにど突かれていた。
 「、待て、必要ないと言った訳ではない」とか「チョコレートを食べ過ぎることは、キミの体に良くないと思ってだな」とかクラピカは矢継ぎ早に口にしていく。はずんずん扉の方に向かって行ってから、ぐるっと振り向いてクラピカをキッと睨み付けた。頬はむっつりとしている。お冠だ。そこからアイツは振りかぶって、投げた! 小さめの箱を、クラピカに向かって。
 空を切った箱はクラピカに向かって一直線、角が胸のあたりにめり込んだらしく「ぐッ?!」とくぐもった声が漏れていた。的にクリーンヒット、反射的にヒュウ、と口笛を吹く。さすが強化系、威力が半端ない。まあ、念なんて込めてないだろうから、これはのただの馬鹿力が原因のはずだ。
 当たった場所を支点に折り曲がるクラピカの胴体を目に焼き付け、はキュッと唇を噛んでから大声で捨て台詞を吐いた。

「バレンタインだ、バーーーーーーカ!!」

 ダン!と力任せに閉められた扉。痛みで蹲っていたのに、耳に入った言葉に驚きすぎてぽかんと口を開けた間抜けなクラピカ。チョコを食べ続けるゴン。いろんな意味で胸焼けしたようなレオリオ。そして、この状況が毎度面白すぎてニヤついてしまうオレ。ホント毎回「おいしいお土産」だなと思う。

「まぁた、お前は……アイツを怒らせる趣味でもあんのか?」
「違うよレオリオ、クラピカは“つんでれ”ってやつなんだって。あれ、“くーでれ”だっけ?」
「どっちもじゃね?」

 二月、バレンタインには会えなかったから、遅れたけどバレンタインがしたい。今回のの主題はそれだった。クラピカを除いたオレたちに来た二通目のメール。

「だからキルア、クラピカ連れて後から来てくれない? 報酬はチョコレート山ほどで!」

 そんな風に言われたら、お菓子に目のないオレは力を貸すしかなくね? ゴンとレオリオにもそれぞれ、チョコ食べるの手伝え、だのなんだの連絡が来ていたことだろう。
 何がすごいって、はオレたちが来る前に、全てのチョコレートを一口ずつは食べているわけだ。全部二つずつ買ってきて、オレたちに合うものはどれかって選んでたワケ。ゴンの横にもレオリオの横にも、一つずつ選り分けたものが置いてあった。
 それから、投げ渡されたクラピカへのチョコレート。なんたって本気度が違う。しっかりと包装されたその箱は、コンビニで売ってるものではないだろう。小さいながらも、桐箱っぽいし。なんにせよ、クラピカの好みに合わせたものだろう。甘すぎず苦すぎず、絶妙にうまいやつ。アイツはそういうのを見極めることで手を抜く奴じゃない。それに、俺に手渡されたチョコレートも。
 なんだかんだいつもおいしい、もとい面白いお土産と、今回のチョコレート。全部含めて、今回は背中を押してやろうかなという気持ちになった。いつも貰ってばかりっていうのもフェアじゃないしね。

「クラピカ、追い掛けなくていいの?、今日アンタに会うの結構楽しみにしてたと思うけど」

 そう言ってやれば、クラピカはカッと頬まで赤くなり、やっとの思いで立ち上がったようだった。の投げた箱は威力が高かったらしい。どんだけ力つえーんだよ。中身は大丈夫なのか。
 意を決したように、やっと走り出したクラピカの背中を「いってらっしゃーい」とゴンの呑気な声が追う。「ああ!」と力強い声が帰ってきたので、オレとレオリオは大きな溜息を吐き出した。
 好きなら素直に優しくしてやればいいのに、めんどくせーやつ。毎回毎回懲りないなと思いつつ、が残した大量のチョコレートを口に詰め込んだ。
 これはキルア用、と言われたジャポン限定のチョコロボくんDXは最後にとっておこう。なんだかんだ、オレたちに用意したものも、アイツなりに考えまくったのが分かって本気度が高い。だからだろうか、やっぱりオレはの頼みを面倒だとは思えないのだ。