やわらかさに隠しておいて



 ふわふわした、フリルやリボンが付けられたスカート。パンケーキを覆い隠すくらいにもこもこに添えられた生クリーム。触り心地のいい、もふっとしたルームウェア。

 もちろん、女性みんながそれを好きだと言うのは大袈裟だろう。しかし! それらから発せられる甘ったるい空気感を纏いたい人もいる。たまにはそんな時もある。
 大っぴらにそんなアイテムを身に付けたり食べたりするのは少し恥ずかしい。でも空気感だけは味わいたい。そんな女性の気持ちを「これ」は、少しかもしれないが汲んでくれていると思う。
 スカートやルームウェアの様に視覚的に甘すぎることもなく、もちろん味覚的にも甘すぎない。だってこれ、食べ物じゃないから。それでも、甘くてふわふわした気分を味わえる。しかも毎日使う、実用性も兼ね備え、誰にも迷惑をかけない。なんて素敵な代物なんだろう。

「だから、家のハンドソープを泡のやつに変えたい」
「理解ができないな」
「なんでよ!今の話聞いてた?!」

 私の演説は無に帰した。クラピカは取り付く島もなく、バッサリと切り捨てた。ついでに「こいつ理解力ないな」というように大きく息も吐き捨てた。なんだこのやろう。
 最近の化粧室の石鹸は液体のものから泡のものに変化してきていることが多い。じわじわと私の日常に進出してきている泡の石鹸。液体を頑張って泡立てた時とは比べものにならないくらい泡がきめ細かい。あれで手を洗うと女子力という名前のステータスが急上昇する気分になる。
 カフェやデパート、はたまたリニューアルした駅だってその機能を備えている。ならば、自宅で同じことができてもいいだろう!と、私は思うんですよ。

「各所で体験できるなら、それで満足すればいいだろう。家には君が買って来た予備のボトルがまだあったはずだ、しかも液体のものが三つも」
「えあー……じゃあ、キッチンは液体で、洗面所には泡!」
「私が言いたいのは、そういうことではない。前回も、香りがいい、ボトルの形がかわいいなどと言って複数買ったんだ。使い切るまで買い足す必要はない」
「ぐうの音も出ない」

 あの触れた時のふわっとした心地、ずっと手を洗っていたいと思わせる感触は魔性のものだ。清らかな気持ちになるだけでなく、なんだか心がふわふわするのに落ち着く。けれど、確かに。この間買い物をした時も、心安らぐ香りのハンドソープを買った。ボトルが宝石みたいで、うきうきした。その要素に乗せられて、クラピカがお小言をいうのにも構わず買った。私は飽き性か。
 前回のことがある手前、クラピカにこう言われてしまっては仕方ない。ハンドソープは諦めるしかない。まず最初の攻め方から悪かった。女の子はこういうものが好き!なんて攻め方じゃなく、どれだけ安らぎ効果があるかを伝えればよかった。それでもダメそうだけど。
 けれど、私は諦めが悪い方だった。せめて別の手はないか、別の方法であの泡を体験する方法は。あの感覚を、クラピカにも体験してもらいたいのだ。キョロキョロと周りを見渡す私に、クラピカは頭を抱えた。

、買い物が終わらないだろう。いい加減に、」
「……あっ、なら、なら!こっちは?泡風呂用の入浴剤!」
「……また手間のかかるものを」
「手間は掛からないよ!お湯入れる前に浴槽に入浴剤入れておいて、そのあとお湯入れれば泡立つよ」
「そういう意味ではない。入浴後、浴槽や体についた泡を洗い流すのが手間だろう。それに、泡とは言っても殺菌力がないのだから、非効率的だ」

 またもや、ばっさり切り捨てられた。なんだこいつ、娯楽と有用性は両立しないことがあるということを理解できていないな! でも、これ以上ワーワー言って、更にクラピカを疲れさせるのは申し訳ないとも思う。
 明日は久しぶりに二人とも休みだし、変にここで喚いて時間を使うよりスッパリ諦めて明日をどういう一日にするか考えた方が実りがあるだろう。でも、

「……せっかく明日お休みだし、ゆっくり泡風呂とかもいいかなと思ったのに」

 クラピカも一緒に楽しめるかなと思ったのに、体験してみて欲しかったのに。名残惜しさをもって呟けば、ふて腐れたようになってしまった。何がいいって、きっと女子力向上だけじゃなくて、癒されそうだから。私もだけど、クラピカが。最近、皺を作りがちな彼の眉間をゆるゆるとふやかしてくれそうな気がしたのに。
 でも、クラピカが乗り気じゃないならしょうがない。彼からはうんともすんとも、返答がない。私の話をちゃんと聞いているのかも定かでない。今日のところは諦めて、他の日にまた再チャレンジしよう。気持ちを切り替えて、他の買うべきものを取ってきてしまおうとクラピカを見れば、ばっちりと視線が絡んだ。

「な、なに?どうしたの?」
「…………いや、なんでもない。手早く他の買い物を済ませよう。、他に必要なものを取ってきてくれ」
「りょーかい」
「くれぐれも、無駄なものは買うなよ」

 わかってるよ、今の今までその議論を延々としていたんだから! しょうがないと思いつつ、無駄、と言葉にされてしまうと、むむっとしてしまう。言葉にしてクラピカにぶつける前に、さっさと自分に課された任務を遂行しようと、彼をその場に残して売り場へ向かった。


「えっ」
「…………なんだ」

 沈黙をたっぷりと蓄えたあと、クラピカは動かす手はそのままに答えた。いやいやいや、ちょっと待ってほしい。
 会計を終えて、買ったものを袋に詰め込んでいれば、私はあるべきではないものを見つけてしまった。私が欲しいと喚き、クラピカがバッサリと切って捨てた、泡風呂用の入浴剤だ。な、なんでこんなところに……私が欲しい欲しいと念じすぎて、変な念能力でも身に付いてしまったか不安になった。

「クラピカが買ったの?これ」
「ああ、君がカゴには入れていなかったのだから、私が購入したことくらいわかるだろう」
「いや、わかるんだけど、そういうことじゃなくてだね……」

 視線は合わせないまま、均等なリズムをもって袋詰めを進めるクラピカ。問題はどうして買ってくれたのかということだ。別れ際、無駄なものは買うなと念押しまでされたのに。
 なんでなんで、と疑念が募る私はまじまじとクラピカの整った横顔を見た。いつもと変わりない横顔……いや、一つだけ変化がある。私は瞬いた。クラピカの金色の髪から覗く、耳だけが違う色を見せている。これは、これは、もしや。

「……殺菌力が低いから意味ないんじゃなかったの」
「……この泡は殺菌を目的としたものではない」
「手間は?」
「浴槽から上がった後に、いつもシャワーを浴びていたのを思い出した。それならば、然程手間にならないと思っただけだ」

 ああ言えばこう言う。私の言葉を全て切り捨てていった手前、購入した理由を明確に言うのは憚られたらしい。いつもだったら、なんだこのやろう!と内心思ってしまうところも、クラピカの耳の赤い色で全てが帳消しになってしまう。

「買うよ、って言ってくれればよかったのに」
「結果、買ったのだから変わりないと思うが」
「気持ちの問題だから!……なんで買ってくれたの?」

 もだもだと探りを入れるのをやめ、素直に聞いてみることにした。喋っている間に袋に詰め替えられた荷物たち。全てが詰め込まれた袋の重みを確認しながら、クラピカは目を伏せ口元をやんわりと緩めた。

「……君が、一緒に楽しんでくれるんだろう?

 の言うとおり、幸運なことに明日は休みだからな。片手で荷物を持ち、視線を合わせずに言うクラピカにキョトンとした。なんだ、この人。知らん振り、興味のないフリをしつつ、私の言葉を漏らさず聞いているじゃないか。
 しかも、一緒にお風呂入る?を意図した言葉もちゃっかり拾っている。でも、目を合わせずクールなふりをしていても、頬に赤みが差してきているのがクラピカのキメきれないところで、かわいいなあと思う。でもしっかりその言葉を拾っているところは年頃の男の子だなとも思った。
 なんだかんだ私に甘く、しかも自分の気持ちには正直なクラピカににやにやしつつ「むっつりだって言いふらしてやろ」と口に出したらすごい目で睨まれた。お兄さん、それ、図星ってことじゃないですか。追撃のように口にして、照れ半分怒り半分のクラピカに睨まれつつも、やわらかな休日に向かって私たちは帰路を急ぐのだ。