ほころびのひ



 子供の夢をたっぷりと詰め込みました!と、箱の外装が叫んでいる。そして、それを眼の前にしているクラピカは「なんなんだ、このやかましい箱は」と瞳に歪な光を宿し糾弾していた。つまり、彼はとても機嫌が悪いらしい。
 大きなリボンが、早く紐解けとクラピカの顔の横で揺れている。部屋の中にぽこぽこと置かれた大中小、赤青緑黄色、ひとつだけではないそれは、私からのプレゼントだ。

「……連絡もなく仕事に出てこないと思ったら、君は何をしていたんだ?」
「何って、今日のための準備……っていうか、連絡はしてるよ!リンセンに"四月四日は有給もらいます!"って伝言頼んだもん」
「聞いていないが」
「なんですと……」

 たしかに、思い返してみればリンセンは私の言葉に対してうんともすんとも答えず、視線をぺろりとやるだけだった。なんてこった、リ、リンセンの裏切り者! 唸る私を余所目に、クラピカはわざとらしく息を吐き出した。こんなことをしている暇があるなら仕事に出てこいとでも言いたげな顔だ。
 けれど、私だってここで折れるわけにはいかない。今日は特別な日。クラピカにとっても、もちろん私にとってもだ。

「仕事はいつでもできるけど、今日は一日しかないのだよ。わかるかな、クラピカくん」
「喧嘩を売られているということだけはわかった」
「いやいやいや、ごめん、売ってない!違う!そういう話がしたいんじゃない!」

 このままではクラピカの機嫌が下降の一途を辿ってしまう。それではせっかく用意したプレゼントも不恰好で煌びやかな装飾も意味をなさなくなってしまう。それはまずい。自分のせいであることは棚に上げておく。
 ピリリと張り詰めた空気にナイフを入れるように一度咳払いをして、呆れ顔を崩さないクラピカへ問い掛ける。今日は何の日でしょうか。

「今日は私の生まれた日だな」
「えっ……な、なんだ分かってるんじゃん!じゃあ、私が何でこんな風に用意したかもわかるでしょ?」
「状況はわかるが……理解はしかねる」

 あまりにも量が多過ぎるし、君は私の年齢を理解していないのかと不安になる。と部屋の中をぐるりと見回しながらぼやいた。
 クラピカの言うことはわかる。物量が多いのはもちろんだけれど、クラピカに渡すにはあまりにも的外れな、子供に向けたような物も混じっている。ちいさな男の子が好きそうなそれは、今のクラピカには不釣合だ。

「でも、貰えるものだったら何でも結構嬉しくない?」
「君と違い、私はそこまで物欲に塗れていない」
「物欲っていうな」
「……君が連絡を寄越さない時点で何か嫌な予感はしていた」

 じっとりとした視線を寄越されて閉口する。嫌な予感とは何だ、嫌な予感とは。呆れられるかなー、とは薄々思っていたけれど、なんてひどい言い草だ。今までの自分の言葉はさらに棚に上げつつ、私は口を動かす。

「そう言いつつ、今日うちにいるから来て!って言ったら、素直に来てくれたじゃん。嫌な予感がしたなら回避くらいできるでしょ、なんで来たのさ」

 一度吸い込んだ空気を迷子にして、クラピカは「それは、」と言い淀んだ。先程の剣呑な光は何処へやら、更には視線すら何処へやら。きょろきょろと居心地悪そうに落とし所を探っている。「……クラピカ?」名前を呼べば、観念したようにきゅうっと眉間に皺を寄せた。
 彼が口を開くまで、たった数秒のはずなのにとても長く沈黙を落としていたような気すらした。いつものすぱすぱと言葉を切り捨てていく彼とは別人のように映る。

「ただ……ただ、一言、貰えればと、思っていただけだ」

 すうっと白い頬にさす朱色と、逸らされてしまった視線。伸びた金色の髪がそれを隠すように揺れている。
 一言とは、私からクラピカへの祝いの言葉で間違いないだろうか。普段ツンケンしている彼らしからぬ素直な言葉に、ポカンとしてしまう。正直、お小言のために来られたのでは……?と邪推していたところがあった自分を殴り倒したい。
 クラピカはお小言のためでもなく、私を連れ出しに来たのでもなく、ただ一言の今日という日を飾り付ける言葉を貰いに来たのだと、そう言った。

 出会ってはじめての彼の誕生日を、私は何も知らずに過ごしてしまった。濁流のように流れていく日々に置いていかれないように後をついていったら、いつのまにか過ぎてしまっていたのだ。
 だから、今回がはじめて。私がちゃんとクラピカをお祝いできるはじめての日。クラピカにとって特別な日は、私にとっても特別になる日。祝えなかった去年の分まで祝えたなら、と考えて、どうせだったら生まれてから全ての分を祝ってやろうと思ったのだ。

 その結果が、このプレゼントたちである。最初にクラピカが摘み上げた賑やかなそれは、たしか"5歳のクラピカ"へのプレゼント。

「はじめてだから、今まであげられなかった分、全部あげようと思ったんだ。まあ……ちょっとアレなのは分かってるけど」
「だからといってこの量は……君の発想には、ほとほと呆れるよ」

 そうやってくどくどと言いつつも、唇の端っこが描くゆるやかなカーブは、私には喜びの湾曲に見える。「嬉しくない?」と聞けば、拗ねたように「嬉しくないとはいっていない」と返された。
 クラピカは、まとわりつくように構われるのは好ましくないと思っているのだろうが、ひとりでいることが好きなわけでもないのだ。寄り添われればあたたかさを感じるし、お祝いされれば嬉しくもなる。
 ひとつひとつリボンを解いていくごとに、クラピカの表情もほどけていく。ひとつひとつ、アルバムのページをめくって昔を遡るように彼の幼さが見え隠れする。それが、とても嬉しく、ちょっぴり胸に沁みたりもする。でも、そんなかたちの定まらないものを大切にしたい。

「クラピカ」
「……なんだ」
「お誕生日、おめでと」
「ああ……ありがとう、

 噛みしめるように、揺れる声が私の名前をなぞった。細められた瞳は縁が滲んでいるように見えた。それだけで、私はここまで準備をした甲斐があったと強く思う。
 来年もこの日も穏やかに過ごすことができるといい。可能ならば、どちらかの息が絶えるまでそうあってほしいと思った。



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2019年クラピカ誕