ワンシーンの余白



 見慣れた映画なのに、一緒に観る人が変わると印象もちょっと違う。横でソファの肘掛けに寄りかかりながら映画を観ている竜胆に思う。

「ようやく守らなければならないものができたんだ。君だ」

 大きな画面の中では、大きな想いが動く最中だった。家族で観ている時よりも、なんだか胸にじんとくるような気がして、クッションを抱え直した。
 ジブリなんて、見飽きている私だけれど竜胆はどうだろう。いやに真面目にハウルが空に飛び立つ姿を見つめているところを見るに、もしかしたら初めてこの映画を観るのかもしれない。
 本当は、蘭くんも一緒に観るはずだったけれど、私が家に来た途端出掛けてしまった。いつも通りなら三人揃ってソファに座ってぐだぐだするはずなのに。
 理由を尋ねた私に、蘭くんはにやっと笑った。ちょっと嫌な、というか、やなことを企んでいる最中みたいな顔だったので、顔を顰めて身を竦めた。

「逃げンのやめたんだってよ」

 ちらっと部屋の中に視線を逃してから、私の頭を軽く叩いて蘭くんは出ていった。訳がわからなくて、首をひねれば後ろで竜胆が大きなため息を漏らした。二人だけで、行間だけで会話するの、やめてくれないかな!
 蘭くんがいないと、三人で座ってちょうどいいソファは空白が目立つ。竜胆、蘭くん、私、のお決まりの場所に腰を据えれば、蘭くんの場所がぽっかりと食べられたように空いてしまう。
 私たちには、その隙間を埋める理由がないので。

「なんか」

 流れていくエンドロールをぼんやり眺めながら、隙間を言葉で埋めるみたいに呟いた。竜胆は興味ないようにみせて、言葉を逃さず拾い上げてくれるから些細なことでもこぼしやすい。

「ん?」
「竜胆って、ああいうセリフ似合わなさそうだね」
「……は?」

 ああいうって、どういう。と竜胆の顔に書いてあったから、ハウルがソフィにいった言葉を繰り返した。

「蘭くんはああいうキザっぽいセリフもさらっと言いそう。守る、とかはふたりとも似合わないけど」
「なんで兄貴は似合ってオレはダメなんだよ」
「ダメとかじゃなくて、」

 竜胆が歯の浮きそうなセリフを選ぶように思えなかった。もっと直球というか。という言葉を口にする前に、私に影がかぶさった。
 ソファが軋む。とても不服そうに歪んだ瞳でこちらを見る竜胆が、ひとり分の距離を詰めたからだ。普段見せない真剣な顔で私に向き合って、

「ようやく」

 ふたりだけの空間に切り出された言葉の切っ先は、聞き覚えがあった。

「守りてェなって思うもンができた」

 私の頬を撫でた指先は、少しかたくて喧嘩をしている竜胆の手だなって、しみじみ思った。でも、言葉をなぞるみたいに、本当にやさしく触るからびっくりした。

「オマエ」

 まさか、竜胆がそんなことを言うとは思っていなくて、さらに目を丸くしてしまった。そうして、一拍置いてから、やっぱり似合わないじゃん!と思って、ほんのちょっとだけ、くちびるがむず痒くなった。
 なった事実は消えない。けれど、そのまま笑い出すことはできなかった。竜胆の首が、吐き出した言葉を追っかけるみたいに赤く色をつけていったから、口を噤むしかなかったのだ。
 赤い色は首から、頬を通って耳まで抜けた。いつも強気な眉が、少しだけ下がったのを見て、似合わないとかそんなこと本当にどうでもよくなってしまった。

「……なんか言えよ」

 スクリーンの中じゃないのに、ここでも大きく気持ちが、動いてしまうかもしれない。竜胆は私を急かしたけれど、胸の真ん中をぎゅーっと握り込まれたみたいで。そこで一緒に言葉も抱え込まれて出てこない。

「逃げンのやめたんだってよ」

 企みに笑った蘭くん言葉が、頭にリフレインする。その言葉の意味はまさしく、真っ直ぐこちらを見る竜胆への言葉だったのだろう。
 でも、無意識にでもふっかけたのは私なんだから。この真っ赤に染まった竜胆に、逃げずに立ち向かわなきゃいけないのは、私なのかもしれなかった。


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診断メーカーより。
お題は『あの甘いセリフを君の口から、』です。