きみが甘いというから甘いと思う



 甘いものって、なんでこんなに心を癒して、生活を満たして色付けてくれるんだろう。

「あっ、蘭、見て!」
「なに」
「トップスが出てる!」

 蘭とのデートの帰り道、期間限定で出店しているトップスを見つけた。トップスのケーキって、すっごく高いわけじゃないのにとても美味しいのだ。チョコクリームも、スポンジのふわふわも、中にぎっしり詰まったナッツも。絶妙に美味しい。
 そりゃ、蘭がいつも食べている、六本木のカリスマ然とした嗜好品ではないかもしれない。でも、また違った魅力がナッツと同じくらいぎっしりだ。
 私がテンション高く店名を口にしたのと同時に、蘭はげえ、と顔を顰めた。けれど、つま先の向かう先はショーケースの前。つまりは、ケーキを買っていいのだということ。

「今日、家に竜胆くんもいる?」
「あーいるんじゃね。夜には帰るって言ってたし」
「じゃあ、よし」
「よし、じゃねェよ」

 竜胆くんもいるならちょっと欲張って大きめのサイズを買う。こうやって浮かれる私を、いつもふたりは呆れたように見るけれど、結局黙ってケーキを口に運ぶのだから同罪だと思うのだ。甘いものが別に得意ではない蘭なのに。
 誕生日じゃなくても、記念日じゃなくても。クリスマスでも、バレンタインやホワイトデーじゃなくても。このケーキを見つけると嬉しくなって、気付いたら片手に袋を提げてしまう。もはや癖みたいなもので。
 でも、こんな癖に付き合ってくれる人がいるのは、やっぱり素敵なことで、特別な色を毎日に与えてくれる。
 ——そうして、そんな日から、いくつかの夜を跨いだ時のこと。

「ん」
「ん? あれ、トップス!」

 蘭と竜胆くんの家で、蘭の帰りを待っていた日のことだ。帰宅した蘭はおかえりの言葉を待つ隙間もなく、リビングでのんびりしていた私の頭に手に提げた袋をこつりとやった。
 見覚えのある袋、蘭が手に持っているのを見るのは初めてだった。

「え、買ったの!?」
「買ったに決まってんだろー、盗んだように見えンのかよ」
「いや、そういうことじゃなくて。蘭も見つけたら買うようになっちゃったんだね、もう癖だね。私と一緒だ、目に入ると買っちゃう」
「ふざけんな」

 全くふざけていないのに、蘭は本当に不服そうに眉を寄せた。けれど、その表情に反してケーキの箱は存外ゆっくりと私の手の中に降りてきた。

「癖なワケねーだろ、チャンよぉ」
「いたい痛い!」

 ケーキには優しかったのに、私には優しくない。不服さを一点集中で、つむじを押す力に変えて。蘭はぐりぐりと私の頭を虐めてからコートを置きに自室に引っ込んだ。

「私から移った癖じゃないのかあ」

 癖なら嬉しいなって。蘭が誰かに影響を受ける人じゃないって知っているから。もしそういうことがあるのだとしたら、それは竜胆くんとかよく名前を聞く「大将」くんとか、そういう特別な枠のひと。私もその枠に入れてもらえるのではと高望みをした。
 横で我関せずで雑誌をめくっていた竜胆くんが、横目で馬鹿にするようにこちらを一瞥する。本当に馬鹿にするように見てくるので腹立たしい。

「癖なワケねぇだろ、オレとふたりの時に買ったことないし」
「え、じゃあなんで今日は買ってきたの?」
「はあ? マジで言ってんの? アンタが喜ぶからに決まってんじゃん」

 癖、という言葉で片付けられれば理解も簡単だったのに。鈍い子を装ったわけではなく、単に蘭が誰かのこと思って誰かのために動くなんて、癖以外に考えられなかっただけで。

「蘭って、私のこと、喜ばせたいって思うの?」

 目から鱗で。鱗が落ちやすいように、目を見開くしかないというものだ。

「ンなの見てりゃわかんじゃん。兄貴はオマエのこと大好きだろ」

 オレに言わせんなよ、こっちが恥ずかしーわ。と竜胆くんは言う。癖でもなんでもなく、私のことを考えて買ったのだという。
 それは、きっと無意識の癖なんかよりもっと特別なことなんだと。高望みなんかじゃなく、しっかり私は蘭の持っている枠の中に掬い上げられているのかもしれない。

「んじゃ、変わり映えのしないケーキでも食うかぁ」

 変わり映えはしないし、甘いものは得意じゃないくせに。ほんのちょっとだけ、いつもよりご機嫌な声に聞こえる。それが、自分のためじゃなくて私のための変化なら、それはまさしく特別だった。
 そんなの、ずるいじゃん。満たされた気持ちが溢れかえって洪水になりそうなくらいでたまらず、戻ってきた蘭に飛びつくみたいに抱きついた。
 「オマエ、ふざけんな」と不平を口にしながらも、ひとりぶんの重さをしっかりと受け止めてくれた蘭は案外私のことが大好きなのかもしれない。