ぬるい眠りに身を投じ、



 ふと、目が醒める。そのきっかけは、障子越しに感じるひどく冷たい気配だった。が静かにゆっくり布団から抜け出して、障子を薄く開く。

「……わあ、」

 小さく感嘆の声が漏れたのは、土色の庭が真っ白に染まっていたからで、声と一緒に白い息が吐き出される。しんしんと音が聞こえそうなほど、雪はまだ降り続いていて、その高さを増していく。
 は少し楽しくなって、空気を目一杯吸い込んでから、一気に吐き出すことを繰り返した。白い息はふわふわと外の雪に吸い込まれるように消えていく。
 それを繰り返していれば、寒さに体の先端が悴んできたため、障子を閉めていそいそと布団に潜り込む。ちらりと時計に目をやれば、まだ三時を過ぎたところで随分と早くに起きしてしまったと思った。普段は全く目が醒めない癖に、こういう時には敏く気付いてしまう。子供か、と自分に少し呆れてから、子供のような心をいつまでも持っていたい!と思った。そんな一人芝居を心の中でしている自分にまた呆れた。
 布団の中は暖かさが維持されていて、は冷えた手足を抱えるようにしまい込んだ。すると、布団の中の熱源がもぞりと動いて瞼の下から綺麗な赤色が覗いた。

「なに、もう、目が覚めたの」

 寝起きにしてははっきりした声で清光が呟いた。どうやら、が起き出した時に起こしてしまったらしい。流石、元が刀なだけある、人の動く気配には特別敏感なようだった。
 「うん、外が気になって」と笑えば、彼は何かあったのかと聞いてきた。敵襲でもないから、気配に敏感な清光が外の状況を知らないのも無理はない。答えの代わりに少しのイタズラ心で、冷えて悴んでいる足先を清光の脹脛に添えてやろうという気が起きた。ぴとり。

「えい」
「うっわ、冷たっ」

 すると彼はびくりと身体を揺らした。細い割りに筋肉のついている脹脛が強張った。その様子には笑い、そして「ぬくいね、清光」と熱源に擦り寄る。
 その様子に溜息を吐いて「やめてよね……」と言っても彼はをぞんざいには扱わなかったため、気を良くしてすりすりと足先で清光の足の熱を奪っていく。だいぶ足先が暖まった。

「外、雪が降ってる」
「ああ、だからこんなに冷え込んでるわけね」
「朝になったら雪合戦しよう、本丸雪合戦大会」
「……主、そういうの好きだもんね」

 間を置いてから、「いいよ」と彼が応えれば、彼女は満足そうに頷いた。清光がなんだかんだ言って彼女を蔑ろにしない理由なんて、には分かりきっていた。とても大事にされているのだ、やめてと言いつつも自分から絶対に離れたりしないし、離したりしない。
 そんなところを認識している分、清光にとってはとても厄介だった。冷えていった脹脛に張り付いている、温くなった彼女の足先に意識がいく。今だに上下へと動かされる足は、ただの防寒のようなものなのに、ともすれば扇情的でもあった。そう、清光にとっては。それを踏まえてこの状況を考えると、この人馬鹿なんじゃないか?と度々清光は思ってしまう。

「か、加州くん!ここ広すぎじゃない?!お化け出そう!やばい!」

 最初はこの広い本丸にふたりぼっちで放り出されたため、が夜を怖がって始まったことだった。やばいという言葉を繰り返し言い続けて、夜になれば一緒に寝て欲しいという。清光の彼女への第一印象はこの子大丈夫か?で固まっていった。清光だって、人の形はとっているにせよ、元はそちら寄りだというのに。
 そう、ここで「……しょうがないなぁ」と承諾したことが間違いだったし、正解であったと清光は思う。こんなに長いこと一緒に寝るなんて思っていなかったし、仲間が増えれば変わると思っていた。それに、何てったって、こんなヤキモキした気持ちを自分が持つとは思っていなかったから。あれが罪だというなら、今この現状で足先を擦り付けてくるが一番罪深いと思う。無防備過ぎて、やっぱりこの人馬鹿だ、と清光はぼんやりとのつむじ辺りを見て思う。
 そんな彼の心中を察することもせず、彼女は楽しそうに笑ってから「清光まだ寝るの?」と問い掛ける。外の雪のせいで、完全に目が冴えてしまったのだ。ちらりと時計の針を確認しても、まだ朝という時間には程遠い。
 今にも自分を引っ張り起こして外に飛び出しそうなを見、彼は逡巡した。まだ朝は程遠い、し、それに、現状を放棄する気になれなかったのだ。脹脛の熱は大分奪われている。

「まだ眠いよ、もうちょっと付き合って」
「……えへへへ、清光はしょうがない子だなぁ~」

 少しの間、パチクリと彼女が瞬いてから三日月型に目を細めて緩く笑う。
 そうするや否や、清光はの頭を乱暴に自分の胸に引き寄せた。自分の方がずっとずっと年下なのに、たまに彼女は保護者のような物言いをする。それが気に食わなかったのだ。「いだっ!」と自分の腕の中で声を上げる彼女に清光は少し意地の悪い気持ちになった。
 寝ている間に着崩れていたらしい深い赤色の浴衣の隙間、地肌に彼女の鼻は衝突した。その時に胸元が少し冷えたのは、彼女の鼻先がひどく冷たくなっていたからだと清光は思った。それもすぐにぬるくなって、この何も考えていない人が自分とゼロ距離にいることを認識すればいいと、清光は心底思った。そんなにことは上手くいかないなんてことは、百も承知だ。なんて言ったって、だいぶ前からこの調子なのだから。

「鼻打ったわ、馬鹿!」
「はいはい、高い鼻でよかったね」
「自分の鼻が高いからってそういうこと言ってるとバチが当たるからね」
「俺も一応神様の端くれなんだけど」
「はっ!」

 今気付いた、と衝撃を受けたように固まったに、清光はこの人馬鹿だなぁ、と思いながら再度瞼を閉じる。最後の抵抗のようにバタバタと彼女が足を動かすのを、自分の足で挟んで止めてしまえばもう眠りを妨げるものはない。あるとすれば自分の煩悩くらいだ、抹消しよう。
 少しして観念したように動かなくなったは、このまますぐに眠るだろう。子供のような人だ、人の気も知らないでと思いながらも、清光もまた生ぬるい微睡みに意識を預けるのだ。不毛なままの思いも底に沈めて。
 夜はまだ明けなくて、雪が降る緩やかな音だけがする。