はじけて、鮮やか



「清光は女の子の気持ちがバッチリわかるし、かわいいし、すごく居心地いいなぁ」
「……そーお?なら、よかった~……うん、よかった」

 加州清光という刀は私の中ではとても居心地のいい刀だった。女の子のように着飾ることが好きだったり、オチのない緩い話も嫌な顔せずに聞いて掘り下げてくれる。それに、かわいがられることが好きで、甘え上手で。「主、かわいくしてるから、ちゃんと愛してね」なんて、私のところに構ってくれといつもやってくる。そんなところがとてもとてもかわいいと思う。
 ビックリするくらいかわいい、清光。いつも近くにいてくれる彼のことを、私は知らぬうちにどんどん大切に思うようになっていった。それが一方通行の片道切符な想いではなく、往復切符で帰ってくるようになったのは少し前のことだ。「ずっとおんなじ気持ちだったんじゃん」と頬を緩めた清光のことを私は一生忘れないと思う。やばいかわいい。
 私の幸せ満開感を見た安定は鬱陶しそうに眉を顰めたし、堀川くんと兼さんは少しだけ呆れたように笑った。むしろ兼さんには鼻で笑われた。このやろう!

「なんでだろう、なんでなんだろう……」
「主、やっぱバカだよね」

 けれど! ここで問題提起! 清光がかわいいことには何も問題がないのだけれど、困ったことが一つある。そんな感じの空気感というかなんというか、そうなっても一向に手を繋ぐ以上の話にならないのだ。かわいさが前に出すぎている。それもそれでおいしいけれど、今はそうじゃない。
 私の方からグイグイとそんな風にするのも、気恥ずかしいし、もし嫌がられたら私はどうしたら……というところはある。けれど、やっぱり好きな人には触れたい!と思うのは普通だと思う。だから、ちょっと清光も同じ気持ちになってくれればな、と思っていろいろアピールをしてみた。一緒にいるときはできるだけ、すすす、と傍に寄ってみたり。万屋に行く時に服の裾を掴んでみたり、その延長線で指先を握ってみたり。
 その結果得たのは、安定からの一言のみだ。バカってなんだ。

「だってさ、ちゃんと付き合います!ってなってから結構経つからさ……」
「……それはわかるけどさぁ、清光から反応あった?」
「清光からはスルーされっぱなしだし、逆になんか清光の態度が変になった。嫌われたらどうしようツライ」
「それだけは絶対ない……けど、」
「けど?」
「まあ、ゆっくりでも良いんじゃない。清光は逃げないし」

 なんだかんだ言って、ウザそうにしながらも話を聞いてくれる安定は優しい。そんな彼に励まされて、少し気持ちも浮上した。確かに、まずは清光の異変を解決してからにしよう。急ぎすぎてもいいことないよね。
 そう納得させた悩みはその後すぐに解決することなるのを、この時の私はまだ知らないでいるのだ。


「最悪ですわ!」
「いやー、主さん、やっちゃいましたね!」
「やっちゃいましたね!テヘペロ!みたいな顔しても騙されないからな……!このやろー!」
「わ、わ、ダメですって、あーーーーっ!俺までびしょ濡れに……!」
「……何してんの?」

 何があったかというと、畑当番をやっていた鯰尾に水をぶっ掛けられたのだ。頭からつま先まで、べちゃべちゃして気持ち悪い。天気がいい日だから良かったものの、冬とかにやられたらもう凍えてる。
 楽しげな鯰尾の声に腹が立って、彼のことも濡れ鼠にしてやろうとすればやんややんやと逃げ回った。濡れても彼はとても楽しそう。なんでも楽しみに変換できるスキルは本当にすごいと思う。
 そんなことをしていれば、後ろから清光が呆れたように声を掛けてきた。傍から見れば、当番をサボって遊んでる二人組である。サボってないからね! 内番やってるか見に来たらこうなっただけだからね!? 自分の無実無罪を主張しようと、くるりと振り返りながら私は熱弁を振るう。
 視界に入った清光は、ちょうど先ほど遠征から帰ってきたから出陣用の格好のままだった。遠征帰りの疲れてる時にこんなアホみたいな現場に遭遇させてごめん。着替えて仕事しよう……。罪悪感に苛まれた私を見た清光はぎょっとして私の手を掴んだ。その手は、わなわなと震えているような気さえする。どうした!

「、ちょっとこっち来て」
「え、あ、はい?!」

 珍しく、鬼のような顔になった清光に腕を強く引かれてやって来たのは納屋の横にある細道だった。人の通りはないそこに入って、彼はこちらを振り向いた。それから、重苦しい沈黙が降る。赤い視線がこちらを向いていることだけが、わかる。
 何がどうなっているのか把握できていない私はただただ、清光の眉間に深く刻まれた山谷を眺めていた。すごく深い。こりゃあ、なんかヤバいぞ。なんか分からないけど、ヤバいことだけ分かる。
 実際どのくらいそうしていたかはわからない。けれど、体感的にはとても長い時間、沈黙が降りていた気がする。私が気まずいからそんな風に感じただけかもしれないけど。突然、清光は一つ息を吐いてから羽織っていたコートから腕を抜き、ばさり、と音を立てて私の肩に掛けた。

「無防備」
「えっ」
「はぁ、我慢してた俺が馬鹿みたいじゃん」
「えっ」

 ぎゅうっと私の首元でコートを手繰り合わせながら、清光は呟く。肩に彼の額がこつんと置かれる。呟きながら、彼はとても長い溜め息を漏らした。ど、どういうことだ……詳細を求めれば、彼は私の胸元をトン、と一つ叩いた。掛けられたコートを少しずらしてその場所を覗けば、お、おう……!

「透けてた」
「ほんっと何なの、もっとちゃんと気にしてよ!」
「ご、ごめん」
「無防備だし、考えてる風なのに何も考えてないし!触りたいとか、くっつきたいとか安定に話してるし、作戦立てて本当に実行してるし!」
「な、何故それを!」
「安定に聞いた」

 な、なんだって! 大和守安定、口が軽いぞ! 言わないでね、なんて言ってなかったし、きっと安定なりに気を遣ってくれた結果なんだろうとは思うけど。清光に全容を知られているとなると恥ずかしい。まじかよ……と項垂れる私に、彼はまた一つ息を吐いた。その反応が少し怖くて、私は肩をびくりと揺らした。嫌われたら嫌だなって。
 その反応に、清光が肩から顔を上げる。いつも緩やかに湾曲している瞳が細められていて、それは初めて見る加州清光のような、そんな。

「もーいい、知らないからね。あんたがその気なら、俺だって、」

 その言葉に投げやりな空気を感じて、胸の奥の方がじくじく痛む。嫌われた? どうしよう、そんなの嫌だ。どうしたら挽回できる? 謝る? それだけで解決する問題なのかな。ぐるぐると頭の中で考える。すると、突然、清光と私の間の距離はゼロになった。えっ、と思う間もない、腰に回る手、もう片方の手は私の頬に添えられている。その手に導かれるように清光と視線が絡まる。赤い。
 今までにない表情で私の腰を引き寄せる清光。いつもとは違う、見たことのない清光だ。べしょり、と水分を含んだ服が、清光の乾いた服に貼りつくのがわかった。ぐっと、近付けられる顔と顔、こんな至近距離で見つめたことなんてないから、私は目を白黒させる。
 その時、私は初めて清光の瞳の色がこんなにも鮮やかに染まっていることを知った。いつもは緩やかな赤だったのに、とても鮮烈な色に見えて後退る。でも腰を押さえられているから僅かな抵抗で終わる。知らない人みたいで少しこわい。

「ちょっと、なんで逃げるの」
「え、え、加州清光さんですか?」
「うん、そう。あんたの刀の加州清光だよ」

 にっこり笑っているのに、目の奥の方は笑ってない気がする。やっぱりこわい。彼は何かに怒っているようだ、私には、皆目見当がつかない。今まで私が見てきた加州清光はどこへ行ってしまったのか? 答えは目の前の彼しか持っていない。

「ねぇ、主。俺が怖い?」
「こ、怖いというか……なんか雰囲気違くない?」
「そーね、主の前では……見せてなかったし」
「え、な、なんで?」
「だって、好きになってもらいたかった」

 拗ねるような、怖がるような表情で清光は、その言葉を零した。好きになってもらいたかった、そう言った彼の瞳がいつも構ってくれと甘えるものと同じで、私は肩の力を少し抜くことができた。

「好きになってもらいたかったから、可愛くいた。でも、その俺も嘘じゃないけど、こっちの俺の方が本当なんだよ。でも、主は“かわいい加州清光”が好きなのかと思って」

 嫌われたくなくて、好かれていたくて、ずっと可愛くしていた。でも、本当の自分はそうじゃなくて。可愛くしていない自分も知ってもらいたい、そうじゃないと、先に進んじゃいけない気がした。だから、手を繋ぐ以上のことなんかできなくて、触れられなかった。

「だから我慢してたのに。あんたに触れるの」
「そ、なの」
「そーなの。それなのにさぁ、主すごい誘惑してくるしもう我慢も限界、だよね」

 もう知らないからね、なんて言う。その言葉はさっきと同じなのに、とても甘やかに聞こえて困る。胸の奥がじくじくと、痺れるようで怖くなる。触れた指先が、熱を持っていく頬をなぞった。
 清光に触れたくて、いろんなことを自分からしていっていたのに、いざこの状況になると困った。耳元に心臓があるみたいな、もう全身が脈動しているような気にすらなる。つまり、めちゃくちゃ恥ずかしい、今! そんな私を見て、彼は緩やかに口元を緩めて「……いやだ?」なんて一撃必殺を繰り出してくる。カッコいいから勘弁してほしい。
 吐息混じり、しかも我慢の限界なんて言いつつ、私の気持ちを一応は確認してくるその姿、寄せられた眉間の皺。全部が全部、私の五感を刺激してきて困る、嫌なわけないじゃん! その意を首を振って伝えれば、それが合図。
 降りてきた唇は柔らかくて、私のそれをゆっくりと食む。角度を変えて何度も、繰り返す口付け。するりと私の口内に入り込んだ清光の舌先がくすぐったくて、息が漏れた。そして、リップ音を残して離れた唇に、私は崩れ落ちそうになる。心臓飛び出るかと思った。

「は、はあぁぁぁ……っ!緊張で心臓止まるかと思った!」
「止まらなくてよかったね。これで止まってもらっちゃ困るんだけど」
「だって、いつもの清光と違うし、困る、本当にもう」
「……なに、あんたはいつものかわいい俺じゃないと、好きじゃない?」

 さっきまでオラオラやっていた癖に、私の好みは気になるらしい。なんて可愛いやつなんだ! 結局、清光がかわいいこともかっこいいことも、なにも変わってないじゃん、と笑えば、清光はバツが悪そうに私の鼻を摘んできた。それはやめてほしい。
 いえ、どっちでもいいです。どっちでも好きです。もはやどんと来い! そんな回答しかできない私に清光はより一層綺麗に笑って、今度はがぶり、と噛み付くみたいに私の唇に食らいつくのだ。
 かわいくても、かっこよくても、かわいくなくても、かっこよくなくても、どんな清光でも私の好きな清光だよ。この口付けが終わったら、ちゃんと言葉にしてみようと思う。彼が不安にならないように、私が不安にならないように。