寄り添う季節



 めぐる季節と共に、去っていってしまう。私が追いかけても、待ってなんかくれなくて。でも、追いかけるのをやめてしまえば、忘れた頃にまた「帰ってきたよ」とやさしく私の肩を叩くのだ。移り気にも思えるその様子が、私にはとても恋しくて。そう、それの名前は、

「ゴールデンウィークと言うのです……」
「あーもうそれ何回も聞いた」
「ゴ、ゴールデンウィークが去っていってしまう……!」
「はいはいはいはい、もうそんなものは過ぎ去ったよ」
「あああああ、現実を見据えられない!清光本当のこと言うのやめて!」
「鬱陶しい……」

 鬱陶しいなんてひどいぞ清光!と包まった布団越しに叫べば、彼は更に重たい息を吐いた。回数を重ねたそれは、どんどん布団の上に積まれていって、重しとなって私の身動きを封じてしまう。元々布団から出たくないのに、清光を呆れさせているという現状が更に私の動きを鈍らせる。
 お休みが終われば、また新しい日常が始まる。そんな当たり前のことが、とても苦しくて困ってしまう。自分はこんなに怠惰な奴だったのかと、毎度毎度見損なう。怠惰だ、怠惰が過ぎる。
 平日は普通に仕事に出て、休みにはこの本丸に帰ってきて遡行軍を相手取る。平日も、空いている時間には端末を通して本丸の状態の確認をする。普通に仕事をするだけでもいっぱいいっぱいな私が、そこまでこなしている現状には花マルをあげたい。私すごい、私最高! いえーい!
 でも、自分、不器用なんです。何にでも限界というものがある。二足の草鞋なんて無理も無理だったのだ。しんどい。

「体力の限界だったところに連休があって嬉しくて、でも連休があったらあったで終わるの怖くなっちゃうんだよ……」
「……分からないわけじゃないけどさぁ」
「三ヶ月くらいお休み欲しい」
「どれだけ怠惰なの」
「布団が私を引き止めるんだよ、行かないでって。ここにいてって」
「あのさあ……俺、決められたことをちゃんとできない人が主なんて嫌なんだけど」
「ううう、私もいや……」

 ぐぬぬ、と布団を握り締めて、枕に顔を埋める。まだ仄かにお日様に照らされた、あたたかい香りがする。みんなが代わる代わる布団を干してくれるから。私がここに来ない時も毎日、そうやって少しずつ優しさを包んでくれる。そんな優しさをどうにか自分の活力にできるように、いっぱいに抱え込む。
 自分でも、いや、自分がいちばん分かっている。私も嫌だ。こんな風に重っ苦しく蓑虫になって、大事な刀を困らせて、みっともないところを見せている自分が。
 でも、この布団を脱いでしまえば日常が始まる。日常が始まるということは、この本丸には次のお休みまで帰って来ない。お日様の香りや炊きたてのご飯の香り、活気のある笑い声に騒がしく名前を呼ぶ声。すぐ側にたくさん溢れていたものが、ふっと消えてしまうので心細い。
 ずっとここにいたいのに、ずっとみんなと一緒にいたいのに。ぐずぐずとした声が口から漏れ出せば、一段と大きなため息が聞こえてくる。本格的に清光呆れモードかもしれない。しんどい。
 呆れられるのはこわいので、少しだけ頑張って外の世界を覗き込む。外は晴れていて、陽射しが隙間から入り込む。清光に後光が差したようになっているので、ぎゅうっと目を細めてその表情を確かめた。清光は呆れている、というよりは何か言いにくそうに歯を食いしばっている。少し、口が開かれた。

「でっ、」
「で?」
「でーと、くらいしてあげてもいい、よ」

 「今週、ちゃんと頑張れたら」ふい、とそっぽを向きながら口の中でひとつひとつ噛みしめるように言葉にした。清光が噛んだ言葉たちを、私も同じように噛んでみる。
 でーと。で、え、と。デートとは。お休み前から、私が清光に話していたものだった。せっかくのお休みだからデートしようよ、私と!と背中に飛びついた私。休みを前にして、私のテンションは最高潮だった。清光はまたか、と言うように眉間をぎゅぎゅっと詰めて、首だけまわしてこちらを見た。それから放たれた言葉は「仕事してよね」だった。そんな清光の口から……デート?!

「マジですか?!」
「ま、まじだけど」
「だって、この前はそんなことする暇あるなら、仕事しろって……」
「そんなこと、なんて言ってないじゃん。仕事終わらせてね、って言っただけで」

 はて、そんな言葉だっただろうか? 私が首を傾げると、清光は我慢ならないように唇を噛んでいる。そっぽを向いてしまっているから、こちらに綺麗な形の耳が向いている。顔色には出ていないのに、耳が先端にかけて赤みを増していて、私はハッとした。
 いつも私が「辛い」だの「しんどい」だの言うと、清光は最初はお尻をたたくようにちゃんと仕事しなよと言う。でも、それが終わってしまえば、最後には耳の先をこうやって赤々と染めながら、必ず私が喜ぶことをしてくれるのだ。
 そうか、常々与えてもらっていたこれは、清光からのご褒美なのか。私は布団から跳ね起きた。

「ありがとう清光。私、頑張るよ!本当に、本当にしてくれるんだよね?冗談じゃないよね?」
「さっきからそう言ってるじゃん……あと、」
「あと?」
「布団だけじゃ、ないから」
「……は?」

 私が間抜けな表情をしたと同時に、清光は視線をこちらに戻した。そして素早い動作で部屋を出て襖を閉めた。追い縋る私の呼び声に「ほら、早く着替えて支度する!遅れるよ!」と応えてから、足音が遠ざかる。布団だけじゃないとは? ハテナばかりが頭に浮かぶが、清光の言う通り、身支度を始めないと本格的に遅刻してしまう。
 まあいいや、よっし、死ぬほど頑張るぞ! お休みという楽しみは過ぎてしまったが、次なる楽しみがあれば頑張れる。私の脳内は単純だった。


「でも、なんでいきなりデートしてくれるって心変わりしたの?」
「別に心変わりとかじゃないし」
「ええ、だってこの前は“俺、あんたとデートする気なんて全くないけど?”みたいな感じだったじゃん」
「なんなの?あんたの中で俺の印象どうなってんの?」

 身支度を終えて、作ってもらった朝ご飯を食べる。それから、私は靴を履いて、みんなからの「いってらっしゃい」を受け取った。受け取ったからには行って、帰ってきて「ただいま」を言わなければ。部屋にいた時よりやる気に満ちた私を、清光は本丸と現世を繋ぐ門まで送ってくれた。
 歩きながらさっきの続きを話出せば、清光は表情を作らずに視線だけ寄越した。私の中での清光のイメージ……「めちゃくちゃ厳しいときあるけど優しいよね、わかりにくいけど!」と言えば、さっきより幾分か冷えた視線にさらされた。春先なのに肌寒いな。

「……俺、分かりにくいの?」
「え、うん。さっきの、布団のやつとか何のことかまだ分かってないよ、私」
「えー、嘘でしょ。主が言ったんじゃんか」
「えー、うそでしょ、何のことか全然わかんない」

 やる気に満ち溢れてはいるけれど、やっぱり少しここから離れがたくて歩幅が狭くなる。ゆっくりとした歩み。でも、身支度も手早くしたし、清光が起こしに来てくれたのは結構早い時間だったので、こんな風なやりとりをすこし続けていても大丈夫そうだと思った。
 だから、わからないことは今聞いてしまおうと思って、布団の件の先を促す。清光は言うつもりはなかったのに、察してよ、と言う風に赤いマフラーに鼻を埋めた。マフラー越しにくぐもった声。

「……主が、“布団が引き止める、ここにいてって言ってる”って言ってたじゃん」
「うん、それは言った」
「でも、引き止めたいのは、ここにいて欲しいのって一番思ってるのは……俺、だから。布団なんかじゃないよ」

 私の唇と瞼がゆっくりと言うことを聞かなくなっていく。口が開いて、目も見開いて、いかにも驚いた顔。逆に清光は、瞼は伏せて頬に睫毛で影を作り唇はぎゅうっと結んでいる。普段は頬まで侵食しない赤い色が前に出てきて主張する。
 清光が照れている。けれど、思っていることを話し始めた清光は、ヤケクソなのかちょうどいい機会と捉えたのか、さらに話を続ける。

「……それに、そんなゴールデンウィークとか、すぐいなくなるやつより、俺の方がずっと傍いるでしょ」
「……え」
「俺だったら、ちゃんと主の仕事も一緒に片付けてあげられるし、デートにだって行けるんだって、思って欲しかっただけ」
「ええ……まじか……なにそれ……」
「……ちょっとは、分かりやすくなった?」

 普段は温度の低い対応が多いが故に、清光がふと笑うだけで心がぽかぽかしてしまう。そんな私に、照れをそのままにしたまま清光がはにかんで、それからマフラーにすっぽりと顔半分を隠してしまった。
 分かりやすいもなにも、全部正解を教えてもらってしまった。ぐんぐん嬉しさが私の体を駆け上っていく。ぽかぽかどころの話じゃなくて、もう清光のことを言えないくらい私も赤い色に侵食されているんじゃないかと思う。私が心の内を話したわけじゃないのに、こっちの方が動揺してる。

「き、清光が分かりやすくなりました」
「そ、ならよかった。ほら、じゃあ早く行ってきなよ……帰ってくるの、首をながーくして待ってるからさ」

 清光に背中を押されて、私は頷いた。この動揺を抑えなければ。もう、こんなこと言われたら、後ろ髪引かれちゃうのに、頑張るしかないじゃないか。振り返ったら清光が眉をハの字にして手を振っている。いつもと違う、分かりやすい清光。清光が後ろ髪を引っ張る張本人になっている、とすこし笑いながら手を振り返した。
 季節と共に去っていってしまうお休みより、季節が移ろいでも一緒にいてくれる清光を、みんなを大事にしたい。そう思いながら、私は新しい日常に足を踏み出した。