近侍の堀川国広と苺のポッキー



 今日はなんと!ポッキーの日です!
 一年に一度、“1”の数字が並び立つこの日のため、私は赤い箱のそれをしっかり用意していた。サクサクの生地の上に硬めにコーティングされているチョコの美味しさったらない。
 今日はこのおいしさを誰かに分け合いたいと思い、私は自分の近侍のところまで赴いた。近侍の堀川くんはなぜだかいそいそと台所を走り回っていて、私を視界に入れると待ってましたよ!みたいな顔をした。

「主さん、待ってました」
「あれ、堀川くんも私に用事?」
「はい!今日ポッキーの日なんですよね?だからこれ」

 「はい、どうぞ」という言葉と共に出されたのはお皿の上に上品に乗せられたポッキーだった。けれど、なんだか普通のポッキーとは違うようで、これは、

「苺ポッキー!」
「うん、主さんこういうイベント好きかなと思って」
「でも、これなんか市販のやつじゃない、よね?」

 市販のものは細身な本体に苺のチョココーティングが付いて、ドライ苺が塗されているイメージだった。けれど、堀川くんが差し出したものは、苺の果肉がここにあります!と一目見てわかるように豪華だった。
 こんなポッキー初めて見た。

「苺は生のを潰して入れたんだよ」
「え、ポッキーさえも自作する男 堀川国広……女子力カンスト、恐ろしい子……」
「あはは、褒めても何も出ませんよ」
「え、うん。いや、褒めたか?いや褒めたね!」

 いや、でも本当にすごい……とまじまじとポッキーを眺めてしまう。お昼が終わってから姿が見えないぞ?と思っていたら、いそいそとこんな風に用意してくれいるなんて。私は市販のポッキーの前でどれにしようかはしゃいで選択した記憶しかない。
 私より女子力が本当に高い、と嘆きつつ喜びつつ、複雑な胸中になっていれば堀川くんから声が掛かる。

「ところで、主さんも僕に用事があったんじゃ?」
「あ、そうそう。でも、似たようなこと」
「そういうことですか」

 「そういうことです」の言葉と一緒に手に持っていたポッキーの箱を持ち上げる。私がここにきた理由はただ一つ。

「堀川くん一緒にポッキー食べよう!」
「あはは、もちろんです。僕もそのためでしたし」

 そう言うと、堀川くんはお皿の上から一本、豪華なポッキーを手に取った。私も持参したポッキの袋を開ける。私が持ってきたのはチョコのものだったので、被らなくて正解だったと少し得意な気分になった。
 チョコの方を一本取って口に入れる。うん、やっぱり甘くて美味しい、何本でも食べたくなる。そんな私を見て、堀川くんが少し笑った。

「美味しいですか?」
「うん、何本でも食べたくなるよね、ポッキー」
「……そうですね、何本でも食べたくなります」
「私もすぐ一箱食べちゃう」

 そう言いつつ、自分の手にあるポッキーを消費していく。一本食べるとまた一本欲しくなってしまう。手が止まらなくて困る。
 そんな私を見ながら、堀川くんは苺ポッキーを食べずにいる。食べないのかな? 私は食べたいぞ?
 苺ポッキー食べてもいいですか?な視線に気付いたのか堀川くんは「どうぞ」と言って私の目の前に持っているポッキーを差し出した。違う、そうじゃない。

「はい、主さん」
「普通に手渡しでいいのでは」
「それじゃあ楽しみがないじゃないですか」
「でも、それは何だか恥ずかしいと言いますか」
「僕が作ったんだし、それくらいしてくれてもいいんじゃないですか?」

 そう言われてしまうと困る。こんな見事なポッキー見たことないレベルだし、ちゃんと食べたい。
 少しの抵抗ということで、私も袋から一本取り出し、堀川くんの口元に添えてやった。すると、彼は笑みを深くして言うのだ。

「そっちは後でいただきます」
「え」

 ポッキーを支えてくれていた堀川くんの手が、迷いのない動作で私の手首を掴んだ。それをそのまま私の顔の横まで持っていって抑えてしまえば、堀川くんとの距離感がさっきよりぐっと縮まった。もう、それは本当にポッキー、一本分くらいの距離感。
 彼の手という支えを失ったポッキーは重力に従って傾斜を描いた。それを掬うように下から堀川くんが咥えたのが見えた。これは世に言うポッキーゲームでは?

「んんっ?!」
「ふふ」

 認識した瞬間に、声が出たけれどポッキーのせいでただの音にしかならなかった。そんな私に瞳を柔らかく細めて、彼は私に近付いてくる。
 サクサクサク、という軽快な音がカウントダウンに聞こえる。いや、堀川くんのことだから既の所で止めてくれるに決まってる。いや、本当に。
 そう思っていても、どうやら止まる様子がないようで、私は本格的に焦り始めた。堀川くん!どうした堀川くん! ストップ! 心の中でどんなに大きな声を出しても外に出ていないなら意味がない。
 私は後退りしようとポッキーを口から離そうとした。最後の抵抗だ! と、しようとしたその時、逃がしませんと言うかのように、いや実際逃さないという行動だった。
 堀川くんのもう片方の腕が私の後頭部に回り、ぐっ、と彼の方に引き寄せられた。そして、ちゅ、と軽い音を残して彼は私から離れた。口内にふわふわとした甘い苺の味がする。

「……どうですか?美味しかったですか、苺」
「お、おいし、かった、です……?」

 すると、堀川くんは本当に嬉しそうに目を細めて、自作のポッキーをもう一本、と手に取り私の口に差し込んだ。とても、甘い、苺の香りが口内に広がる。

「ふふ、作った甲斐があったなぁ。ごちそうさまです、主さん」