近侍の大和守安定とムースのポッキー



 今日はなんと!ポッキーの日です!
 一年に一度、“1”の数字が並び立つこの日のため、私は赤い箱のそれをしっかり用意していた。サクサクの生地の上に硬めにコーティングされているチョコの美味しさったらない。
 今日はこのおいしさを誰かに分け合いたいと思い、私は自分の近侍のところまで赴いた。すると、どうだろう奴はあろうことか、二袋分のそれを口にしっかり詰めているところだった。
 口一杯に広がるチョコレートの味は確実に美味しいと思う。でもそれ欲張りすぎじゃない?

「あふじ」
「え?うわ、安定それ食べすぎ……」
「ほっきーけーむひよ」
「やる前にあんた食べすぎでしょ」

 少しは誰かと食べよう、とか思わないのかこいつは! 彼のまわりに散乱する空箱の数を数えて目眩がした。空箱もあれば、まだ封が閉じているものもあるけれど、とりあえずざっくばらんに様々な物を散らかし過ぎだ。
 口に含んだものたちをパキパキと食べ進めていく彼を横目に、私は空箱を一箇所に纏めた。ひい、ふう、みい……この数のカロリーが安定の体内に収まったのかと思うと恐ろしい。
 私が恐れ慄いていると、やっと腹のなかに全てを収めた安定が何ともないような顔で話し出した。

「主とはこれを食べようと思って取って置いたんだ」
「どれ?」
「これ」

 そう言って、一番手近にあった箱を取り上げた。それ、本当に食べようと思ってたやつ? 一番近くにあったからじゃないの? 声を掛けてみれば、彼はニッコリ笑った。何も言わないところを見ると、私の考えはあながち間違いじゃないように感じる。
 びり、とポッキーの袋を開け、出てきたのはムース状のチョコの上にカカオパウダーが乗っているものだった。おお、適当に選んだにしては普通のじゃないやつだ、と感心していれば彼はあろうことかポッキーのチョコの方を手に持ち私の口元に押し付けた。

「はい、主。あーん」
「んぐ、」
「主、美味しい?」
「美味しいっていうか、逆!こっちチョコじゃないし!」

 上手くチョコまで到達しない距離感を測られているようで、生地の部分のみが私の口の中に残った。そこはそこで美味しいのだけれど、肝心のチョコがない。チョコがない! 抗議の声を上げたところで、安定はもうチョコ部分を食べ終えていた。それは酷くない?
 それからも一袋が空になるまでそれは繰り返された。一回くらい普通にくれると思った私が馬鹿だった。安定は満足そうにふう、と一息ついてから自分の手を見遣り、呟いた。

「手がベタベタだ」
「そりゃそうだろうよ……チョコの方素手で持たないでしょ普通」
「主、美味しかった?」
「クッキー生地はサクサクでよかったけど、チョコのチョの字も無かったよ」
「そんなにチョコが食べたかったの?」
「そりゃそうでしょ!ポッキーだもん!」
「ふうん」

 安定はしげしげと自分の手と空になった袋を交互に見つめた後、「じゃあ、しょうがないからこれをあげるよ」と宣った。嫌な予感しかしない、彼との付き合いで、経験上こういう時はいいことはない。
 いやいいです結構です、というその前には、躊躇なく彼の指先は私の口内に入り込んでいた。まじか!と抗議の声を上げようにも、口の中をもぞもぞと動き回る指のせいでくぐもった声しか出ない。

「む、ぐぅ!」
「チョコの味する?」
「んー!」

 安定は口内でやりたい放題で、舌を摘んでみたり歯列をなぞってみたり。チョコの味がしたのなんてほんの最初の頃だけで、その後はもうただの指、指、ゆび。
 だけど、雑に指を突っ込んできたくせに、口内で動かす指は思ったより緩やかで優しくて不快感よりはくすぐったさの方が勝った。

「ん、っむ……んんんっ!」
「あは」

 でも本当にもう無理!となったタイミングで私が唸れば、安定は低く喉を鳴らしてからゆっくり指を引き抜いた。ホントもう無理!
 彼はその指でまた新しい袋を開封してポッキーを取り出す。恥ずかしさからか息苦しさからか、肩で呼吸をする私に、先ほどと同じようにそれを口元まで持ってくる。うりうり、と無理矢理にでも唇をこじ開けようとするので仕方なく、ポッキーを口に入れる。すると、先ほどとは違ってちゃんとチョコ部分まで口の中に入った。荒らされていた呼吸も気持ちも、チョコの味で和らぐ。なんて単純。
 サクサク食べ進めて行って、端っこを持つ安定の手が目に入る。そこで、もしやまた指を突っ込まれるのでは?という予想から私が一時停止すると、彼はどうしたの?と不思議そうな顔をする。いや、あんたのせいだよ!

「ああ、そういうこと」

 動き出さない私に安定はケラケラ笑って、一人で納得したかと思ったらポッキーから指を離した。今日の安定は話がわかる奴らしい。これで全部食べれる!と意気揚々とした私はこの直後びっくりすることになる。

「えっ」
「僕が食べないとは言ってないよ」

 指を離した安定は、大人しくしている訳もなく、あろうことか私の唇が支えるポッキーに吸い寄せられるように近付いた。そしてそのままポッキーを一口にいった。一口だ、それの意味するところは。
 私の唇を噛むか噛まないかギリギリのところでポッキーは折られたようだった。そのまま、ちゅ、と軽い音を立てて、ポッキーを奪った安定が遠のく。
 呆けたように言葉を口にしない私に反して、何ともないような顔で、彼は言葉を続ける。でもちょっとだけ目尻がゆるゆると下がっている。

「ポッキー、おいしかったね。またたくさん買ってきて一緒に食べようね?主」