はじめまして守り手


※ DC(ゼロの執行人)クロスオーバーのため、とても注意。



 審神者の役、刀剣男士の存在は秘匿すべし。

 なぜ今その言葉を思い返すのか、私自身が一番よくわかっていた。
 審神者の役の秘匿。世の中に五万といる人々の中で、審神者という役を請け負うのは極々一部だ。そして、歴史修正主義者も私たちと同じように人の中に紛れ込んでいる。ただお互いに、誰がなんのカードを握っているのかはわからない。この歴史、政府、そして自分を守る上での防衛の最低ラインは手札を明かさないことだ。
 そして、刀剣男士の存在の秘匿。これはただただ、一般人には特異な力に見て取れるからだ。人は自分にないものを畏怖するし、阻害する。だから、彼らを含め私たちは表立たず、密やかにこの国を守ることに徹する。

 話を戻そう。今、私がそのことを思い出しているのは、防衛の最低ラインに抵触するかもしれないという焦りがあるからだ。


「主、きみってやつは……もう少し大人しくしてくれたってバチは当たらないぜ?」

 一言目に投げかけられたのはそれだった。全く儘ならない、という様子で鶴丸さんは頭をガシガシと掻いた。神さま自身がバチは当たらないというから、本当に当たらないんだろう。
 ビルの屋上に降り立ち、彼は私をゆっくりと地面に下ろした。名残惜しむような、まだ安全が確保されていないとでも言うかのように、本当にゆっくりとした動作で。私へ神経を集中させつつも、視界の端で周りを警戒することを怠らない。
 彼が確立してくれる安全をありがたく思いながら、私は「またか」と苦笑いを浮かべるしかない。

「これでも、かなーり大人しくなってるつもりなんだけどなあ」
「とは言っても、後衛に回っていてくれた方が俺たちからするとありがたいんだが……」
「同じ場所にいないと見えないこともあるし、霊力供給もこっちの方が効率いいでしょ。距離が離れると倍くらい霊力使うんだもん」

 言っても聞かないであろうことは、鶴丸さんだって重々承知の上だろう。それでもそうやって小言として私に聞かせるのは、私の身をこれ以上ないくらいに心配していることの表れだった。それは少し、いやかなり嬉しい。でもそれとこれとは話が別だ。その場にいないと、私の霊力供給や索敵感度は本当に、ほんっとうに精度が落ちるのだ。
 精度を高く保てれば、死傷者の人数を限りなく減らすことは可能なはずだ。その程度の変化ならば、歴史抑止力が働くのだから。それに、私は私の刀を一番守れる形で動きたいのだ、言わないけど。

「私が前に出てれば、遡行軍の出現場所もすぐわかるし、どこにどれだけ人がいて、避難が可能かが判断できるでしょ」
「きみのそういう優しさや正義感は俺も好ましく思う。ただ、それできみ自身が被害者側に回ってしまったら元も子もないだろうと言っているんだ」
「えっ、私が被害者側になるの?鶴丸さんがいるのに?」
「っぐ……ああ、ああ!もちろん?俺がきみのそばにいる限り、傷一つ付けさせないと誓おう」
「へへへ、その言葉が聞きたかったー!鶴丸さん、流石!信じてた!」
「~~っ、きみってやつは!」

 鶴丸さんが照れるので、私はその高い位置にある頭をぐりぐりとかき混ぜてやった。彼の言葉は、今回私が無茶をやらかしたことに対しての苦言だと知っている。歴史通りに起こった爆破事故、相対した遡行軍。その中で、私は怪我人を少しでも減らすために、人が多く集まっている方向に防御壁を張った。大規模な防御壁を張るためには札を使い、その場で隅々まで霊力を巡らせる必要がある。
 それに集中していた時に、背後に遡行軍が迫っていた。けれど、事は一刻を争うものだったので、私は鶴丸さんを信じて自分のやれることに集中をした。結果、鶴丸さんは言葉の通り、私に傷一つ付けず、遡行軍を切り捨ててくれたのだ。

「よっし、じゃあ他のみんなと合流しようか。霊体化してくれてるとは思うけど、真昼間だし、見つからないうちにトンズラしたい」
「トンズラなんて言うと、盗みにでも入ったような心持ちになるな。悪行を働いた訳でもないのに」
「たしかに!……でも、まあ、本当にいいことをしてるのかって言うと微妙だからねぇ」

 崩れていく建物を眼下に収めて、私たちは屋上から階段で地上へと降り立った。
 できることと、できないことがある。守れるものと守れないもの、守らなければいけないものと守ってはいけないものも、同時にある。でもせめて、私ができる最大限で、守れるものは守りたいと思うのだ。


 今回のエッジ・オブ・オーシャンの爆破事故に、歴史修正主義者の関与が認められた。本来、爆発が起きるのは東京サミット開催より日付がズレていたはずだが、このままでは東京サミット当日に爆破が起きるという予測が立った。ほんの少しで済んでいた被害が、爆発的にその数を増す。被害は日本だけに留まらず、世界を巻き込んでしまう。
 政府としても、それは食い止めねばならないことだった。遡行軍が現代に対して行動を起こす、ということは最近では多くなってきている事柄だ。古くしまい込んでいる歴史の方が、本来であれば改変に伴う反動は大きい。けれど、向こうもなりふり構わず、どこでも良いから歴史に穴を開けたがっている。

「君に、現代の遡行軍出現時の対応を任せたい。他の時代と比べて、まだ出現率は低いが過去よりも被害が甚大になる可能性が高い。必ず食い止めて欲しい」

 そんな折、私にその任務が言い渡された。今まで現代を主担当とする審神者はいなかったが、そこを任されて欲しいと。堅苦しい政府からのお言葉の後、「数いる審神者の中でも若い方だし、フットワークも軽いし、いけるでしょ?よろしく!」と、私の担当者はウインクと一緒にエールを送ってきた。ウインクが心底鬱陶しい。
 それはともかくとして、任されたのならばやるしかない。木を隠すなら森の中、現代ならばその生活に紛れ込んだ方がいざという時の機動力も安全性も増す。ということで、私は本丸での指揮を行うのではなく、現代に紛れ込んで生活をすることにした。
 定職についてしまうと、いざという時に動きにくいのでアルバイトをしつつ、世の中を見て回ったり現代の知り合いも作ったりした。やはり狙い通り、というべきかその場にいる方が時空の歪みを感知しやすく、今まで遡行軍を逃した事はない。あれ、私たちの本丸、優秀なのでは?と、少し鼻が高くなることもある。
 けれど、自分たちの功績は置いておいたとしても、いくつか、私の胸に引っかかっている事柄がある。それは、

「……主、」

 掛けられた声にハッとする。降り立った地上、みんなとの集合地点へ向かおうと歩いていれば、行く先にゆらりと立つ影がある。
 こんな、爆破直後の現場にいるなんて、被害者か警察か……犯人くらいのものだろう。鶴丸さんと私の間にピリリと張り詰めた空気が漂う。「仕留めるか?」問い掛けにはノーで返す。まずは、あの人影がどれなのかを確かめなければならない。確かめて、対処を決める。鶴丸さんもいるし、まだ防御用にも捕縛用にも、攻撃用にも札は残っている。
 足音は立てない。気配はゆっくりと薄める。緩やかな歩調で近付いても、相手に追い付くのは容易だった。何かがおかしい、あまりに、人影が歩むスピードが遅い。

「……っ、鶴丸さん、霊体化して!」
「おい、主!!ただの怪我人と決めつけるんじゃない!」

 私がはっきりと視認したのは、グレーのスーツを身に纏った後ろ姿。爆発に巻き込まれたのだろう、スーツはボロボロと解れている。腕を庇い前屈みでゆっくりと前進する。そうすることでやっと歩ける、といった様子であった。
 被害者、しかも怪我人だ! 足を引きずるようにして歩く様子に私は鶴丸さんの制止も聞かずに走り出した。

 けれど、辿り着く前に、鋭い殺気に当てられた。立っているのが、前に進むのがやっとというような彼が、その様子が嘘だったかのような素早さを持ってこちらを振り向いたのが見えた。底がないようにすら思える銃口の黒、真っ直ぐ向けられた刺すような視線。瞳だけで殺しができるなら、きっと私は彼に殺されていたのかもしれない。私の胸の内を汲み取ったのか、鶴丸さんが「主!」とまた声を張り上げた気がした。
 けれど私は、その特筆すべき事柄よりも彼の容貌に目を見開いた。

「……、さん?」
「あ、あむろさん……?」

 目を見開いたのは向こうも同じ、驚いたように私の名前を口にした。燻んでしまった金色の髪、頭から流れ出る血の色、本来ならば健康的に見える肌は爆発の影響か幾重にも傷が付けられている。
 そう、私たちはお互いにお互いを知っていた。私のアルバイト先の同僚であり、胸の内に燻る引っかかりの一つ。
 その燻りが今日、暴かれるかもしれない。拳銃をこちらに向けたまま荒く呼吸を繰り返す彼に対して、私も札に霊力を巡らせる。

「……どうして、あなたがこんなところに」
「それは、こっちのセリフですよ……安室さん」
「そちらのセリフ、とはどういうことかな?ここは今、爆破事件の現場ということになっているんだけど……君がいていいような場所じゃない」

 いていいような場所じゃない、のはお互い様だ。お互いに牽制し合っているのがわかる。背筋に這い寄るのは、遡行軍に感じたような死をなぞるような寒気ではない。きっと彼は私を殺すつもりがない。拳銃を向けたのは威嚇、それ以上でもそれ以下でもない。
 私の懸念していた事柄、安室透という男。私のアルバイト先である喫茶店ポアロの同僚である彼は、見目のいい好青年である。しかも、毛利探偵に弟子入りもしている、頭のキレる人だ。容姿がよく、頭も良く、そして気配りもできるハイパーな安室さん。それはいい、いいんだけれど、彼はとても異質に見えるのだ。
 朗らかな笑顔や柔らかな声をしてみても、本当の意味でそこに感情が乗っていないことがある。切れ味のいいナイフのような、隠しきれない雰囲気を感じる。それは普通に暮らしている人には気付かれない程度の、ほんの少しの違和感。でも、私たちからしてみれば、大きな違和感。あたたかい笑顔と冷えた笑顔、どちらも存在しているのに、本物でないように思える。彼には、顔がないのだ。

 安室さんがここにいた理由はどれだろう。歴史修正主義者であるのなら、怪我を負っていることに不思議が残る。遡行軍は時代ごとに現れるものの、指揮官と表せるような人物はその場に出てきた試しがない。審神者と同義の存在であれば、遡行軍が殲滅された場にこうやって残っているのはおかしい。怪我をしたふりをして、歴史修正主義者ではないとカモフラージュするというのも無い訳ではないと思うけれど。
 もう一方の理由として、彼が警察関係者であることが推測される。歴史上、今日はサミット開催前の点検だったことが記録されていた。各国の要人が集まるその場の点検に来ていた警察に、実は安室さんが含まれていた、なんてこともあり得ないことじゃない。拳銃を持っているのもそれで説明がつく。けれど、彼は私立探偵なのではないのか? 警察官と私立探偵、はたまたポアロのアルバイトが両立できるようには思えない。
 どちらにせよ、怪しいことに変わりはない。一旦捕縛して、政府へ連絡を入れるのが一番だろう。霊力は回りきっている、捕縛用の札に手を伸ばす。

「おっと、動かないで……君に怪我をさせたい訳ではないので」
「……安室さん、めちゃくちゃ様になってますけど、堅気じゃない人ですか?」
「さて、どうだろうね。君も、怖がってすらいないようだけど……ここにいた理由を聞きたいので、一緒に来てもらいます」

 目敏い、目敏すぎる。腕を動かしたのなんてほんの数ミリ単位の話なのに、それを目に留めて制止を促すなんて並の人間ではできないはずだ。しかも、この重傷で。
 私を捕縛するためだろう、安室さんは銃口はそのままに、ゆっくりと近付いてくる。その仕草は先ほどの限界を感じさせるものではなく、余裕すら感じられるもので、逆に恐怖を煽る。殺される、死ぬかも、という恐怖感ではなく、弱味を見せまいとして精神力だけでその体を奮い立たせる彼が怖いと思う。
 いくらか疑いがあれど、顔見知りであり怪我人という部分を考慮すると、こちらも強硬手段に出にくいな、と思い少し眉が下がる。安室さんはそんな私の表情を見て、何を思ったのか困ったように少しだけ笑った。

「そういえばさん、さっき……ぐっ!?」

 彼が私の目の前までやってきて、腕を掴もうとした。それから、思い出したようにそう声を掛けた。
 そのタイミングで崩れ落ちる安室さんの体を、私は全身でキャッチした。「うぐぅ……」声が漏れる程には、重たい。意識のない成人男性、しかも鍛えられている体の筋肉量といったら、重たいったらない。

「……全く、きみは本当に、俺の話なんか聞いちゃいないんだなあ?」

 珍しく怒気を含んだ声に、体が揺れた。重さに耐えながら霊体化を解除した鶴丸さんを見遣れば、金色の瞳がすうっと細められた。怒っている。安室さんの体を一緒に支えてくれていないことからもわかる。彼はとても怒っている!

「ごめん、ごめん。ごめんなさい!」
「もし、こいつが本当に引鉄を引いていたらきみはどうする気だったんだ」
「いや、安室さんのあの表情は完璧に威嚇だと思って、」
「きみはこの世の全ての嘘を見破れるような能力でも身に付けたっていうのか?!人は平気で嘘を貼り付けられる、その全てを見破ることなんて同じ人にできる訳がない、それくらいわかるだろう!」
「っ……浅はかでした、すみません」

 顔見知りであったこと、元々何かあるのではと思ってよく彼を見ていたこと、防御壁用の札がまだあったこと、これらの点で私は大丈夫だと思っていた。それは正直に認めるし、それが過信だと言われたらそうだとも思う。
 守らなければならない存在に勝手に行動されて、勝手に危険に陥られるのは鶴丸さんにとってとてつもなく腹が立つことだろう。素直に謝るしかない。たしかに、鶴丸さんが背後に回って安室さんを気絶させてくれなければ、どこへなりと連れられてしまっていただろう。それはそれで、安室さんの素性が分かるのでいいか、と思っていたことは言わないでおこう。
 謝れば、彼はふう、と息を吐いた。それから、険しい顔はそのままに「君が無事ならいいさ、まったく」と言った。本当にすみません。

「これからどうする?」
「みんなと合流しつつ、まずは安室さんを病院に連れて行きたいんだよね。あとは政府に連絡して、安室さんの素性調査」
「病院に、素性調査ねえ……」

 意味深に呟いて、鶴丸さんは長い指先で自身の口元を覆った。私が頭にハテナを浮かべていれば、重たく唇を開く。

「主、おそらくだが、こいつは “俺” の存在に気が付いているぜ」

 審神者の役、刀剣男士の存在は秘匿すべし。
 その言葉がポン、と頭の中に浮かんだ。動揺の波はその後にやって来た。安室さんが、鶴丸さんの存在に気付いていた? まさか、見られていた? 感じ取っていた? あの距離で? まさか、でも、最後に安室さんが口にしようとした言葉はなんだったのだろう。「そういえばさん、さっき……」さっき、とはなんだろう。

「ま、まじか……」
「おい、主、大丈夫か?!」
「大丈夫じゃない……かもしれない……」

 不安と混乱、そして安室さんを支える力の限界を感じて、私はべしゃりと地面に座り込んだ。件の安室さんは、目も覚まさずその瞼は固く閉じられている。触れている部分からはどくどくと心臓が走る音が聞こえる。仄かに体に熱が灯っている気がする。
 怪我を負った人の症状がそっくりそのまま出ている。よくこれで平静を装えたものだなと思ってしまう。それくらいには酷い、寝ている間だけでも痛みが紛れていればいい。知り合いだから、敵か味方かわからなくても、そんなことを思ってしまう私は甘ちゃん野郎だろうか。審神者失格だろうか。
 ああもう、兎にも角にも、こんなところでへたり込んではいられない。気持ちを奮い立たせて顔を上げれば鶴丸さんがさっきとは打って変わって、心配そうに瞳を歪めていた。なんだかんだ、私の刀はやさしく、あたたかい。安室さんの体を鶴丸さんに預けてから、よし、と私は気合を入れた。

「もうこうなったらしょうがない、さっさと病院に連れ込んで、さっさと素性調べてしまおう!」
「おい、おい。主」
「歴史修正主義者関連なら政府に連行、違う場合は誤魔化す手段を、」
「こーら、主!」

 言葉と一緒に軽く頭を叩かれて気付く。鶴丸さんが、安室さんの胸元をちょいちょいと引っ張っている。なんだろう? 失礼ながらもジャケットをめくり覗いてみれば、そこには、

「け、警察手帳……」
「しかも、公安警察と書いてあるな」
「……まじかあ……まじか」

 安室さんは公安警察、であるならば、この場にいたこともおかしくはない。点検で警察が来ていたことは歴史に上にも残っている。その際に爆破事件に巻き込まれた、というのは何もおかしくない話だ。
 ということは、私は歴史遡行に何も関連のない人間に今、自分のカードがバレそうになっている訳だ。やばい。遡行軍にバレるのもヤバイが、別の意味でヤバイのだ。自分の浅はかな行動には反省しか見出せない。
 とりあえず、まずは病院に、と自分を奮い立たせつつも、私は今後の安室さんへの説明について頭を悩ませることになった。後ろから鶴が、不服さを隠しもしないで「そらみろ、だから大人しくと言ったんだ」と溜息をついた。何も言い返せず、そして私が一番溜息を吐きたいが自業自得だということは分かっている。
 この後、この安室透という男に、いいように顎で使われることになることを、私はまだ知らないでいた。