二人の過ちには名前がある
一度だけ、その表情を見たことがある。
ほんの一瞬だったのに、その光景がまぶたの裏に焼き付いたみたいに離れず、心が春のやわらかな風にさらわれたような。そんな心地になったのを覚えている。
「そういえば、最近、少しだけど笑ったり、表情がわかりやすくなったよね」
「ん?」
聖火競技場のザカンの屋台で遅めの昼食をとっている時に空がそんなことを口にした。脈略なく主語が抜けた言葉に瞬くけれど、空からするとその内容は私たちの共通認識だと思っていたのだろう。私が言葉を正しく受け取れなかったことに、空の方も同じく何度か瞬きを繰り返した。
「あ、キィニチのことだろ? 確かに、最初の頃よりだいぶ柔らかくなったっていうか。これもオイラたちに心を許してくれたっていう証拠だよな?」
嬉しそうに空中をくるくると浮遊するパイモン。やはり、空とパイモンの間ではその認識は共通らしい。
(え、私の前では全く、なんだけど……? 私だけ心を許してもらってない、ってこと?)
きゃっきゃと盛り上がる二人をよそに、私だけが蚊帳の外で、なのにその名前ひとつが私の心へ与える影響は計り知れない。
ナタにやって来てからも、空たちとは基本的に行動を共にしていたのに、どうしてそんな差が生まれているのだろうか。キィニチにとってプラスになるとは限らないけれど、マイナスになることをした記憶はないのに。
依頼を手伝ったり一緒に散策や食事をしたり、共有した時間は穏やかなものだったはずだ。私たちもう友達でしょ、と笑って言えばキィニチもゆっくりと頷いてくれた記憶も確かにあるのに、なぜ。
黙り込んだ私を訝しんだパイモンが、首を傾げてこちらを窺う。
「? どうしたんだ?」
「あ、ううん、なんでもない。たしかに、そう、かも……ね」
曖昧に濁すことで、よりダメージが蓄積しているのがわかる。思い返してみると、キィニチと顔を合わせる回数は多くとも、視線が交わったり言葉を交わしたりする回数は多くない気がした。というより、徐々に減ってきている、と言った方が正しい。
出会った当初はそうでもなかったのに、今では空かパイモンを経由したり複数人での会話ばかりしている。それがいつからなのか、キッカケを思い出せない。あまり気にせずに声を掛けてしまっていたけれど、もしかしたら、キィニチは、
「お前たち、ここにいたのか」
——私のことが、苦手なのかもしれない。
そんなことを思った時、なんの因果か、背後からキィニチの声がした。思わず背筋が伸びてしまう。意識してしまうとダメで、ここからどうやって振り向いて最初になんて言葉を掛ければいいかがわからない。コミュニケーション能力がすごい勢いで欠如した感覚。
考えているうちに、私の方を少しも見ずにキィニチは二人と会話を始めている。「どうしたんだ、キィニチ。オイラたちになにか用か?」「いや、お前たちがここに来ていると聞いてな。様子を見に来ただけだ」「なんだ、探しに来たみたいだったから、何かあったのかと思った」など、など。
しっかりと耳が聞き取っているのに、どうやってその輪に入ればいいのかがわからなくなった。苦手な人やこちらに好意を持っていない人とでも適度な距離感を保って会話することはできる。旅を円滑に進めるための処世術だっていうのになぜ、今ここでそれができないのか。しかも、キィニチのことが苦手な訳じゃないし、……逆のことはあったとしても。
ずっしりとお腹に岩でも抱え込んだような心地になって眉を寄せる。胸の奥がぎゅっと締まって苦しいような。
「——、どうした?」
「あ、え」
思考途中に突然声を掛けられてまごついた。それが、件のキィニチから発せられたものだったから、余計にすぐ反応できずに。視線がしっかり絡んだのは、ひどく久しぶりなように思う。綺麗な色彩を保った瞳が、気遣うように揺れていた。自分の予想に反してあたたかな色を見せるので、なんだかすこし困ってしまう。
窺うように屈んだキィニチが、熱でもあるのかと私の額に手を伸ばしかけてぴたりとその動きを止める。ぎゅっとくちびるが結ばれて距離をとられたので、やっぱり訳がわからない。
「、さっきからなんだかボーッとしてるんだ。やっぱり体調が悪いんじゃないか? それなら、先に休んどいたほうがいいぞ!」
「……ああ、その方がいい。いざという時に不調だと、命に関わるからな」
「そう、だね。うん、ちょっと今日は休ませてもらおうかな、ごめんね」
声色は先ほどと変わらずの感情をのせているのに、ふいと逸らされた視線は私が草臥の宿の部屋に戻るまでそのままでキィニチがこちらを見ることはなかった。
知らなければなんともなかったことでも、気付いてしまうと取り返しがつかない。次に会った時、どんな対応をすればいいのか、どうすれば前みたいな距離感に戻れるのか、どうすれば——私の前でも、笑ってくれるのか。そんなことばかりがくるくる頭の中を巡っていく。
こんな答えの見えない問いは不毛なだけだ、せっかく休むならそんなものは全部頭から追い出してやりたいと、頭を覆うように布団を被った。
それから少し経って、空とパイモンが部屋へ帰ってくると、キィニチの姿はすでになく、代わりにコップが一つ。
「キィニチが、お見舞いに渡してくれって。作りたてだから新鮮だよ」
「〝燃素も栄養も多く含まれているから、飲めばすぐに元気になるだろう〟って、アイツ言ってたぞ」
パイモンのキィニチモノマネと共に空が差し出したのは一杯のケネパ・ショコアトゥルジュース。キィニチが得意としているものだと、前飲ませてもらった時に言っていた。
この気遣いに、ああ、彼は平等にみんなにやさしいのだとひしひしと感じる。でもそんなやさしさが、今はすこし痛いなと思いながらジュースをひとくち。
甘さと酸味のバランスがいいはずのそれは、キィニチの困ったような硬い表情を思い出させて、あの時より少しだけ苦く感じた。
◯
ナタの広大な大地を前にすると〝誰かひとりと出会わないようにする〟なんていうのは簡単なものだ。あれから、キィニチには会っていない。
ジュースのお礼は言いたいけれど、こちらを避けるような彼の様子を思い浮かべると懸木の民へ行くという選択肢がうっすら霞んでしまうのだ。まだ、心の準備ができていなくて。
厚意を無碍にしたようで心苦しいところはあれど、偶然会った時にお礼は必ず言おうと心に決めて過ごしていた。
——ところが。
「そういえば、最近キィニチに会った?」
「キィニチお兄さんには会ったかな?」
「あんた、キィニチに顔は見せた?」
行く先々で、問題の人物の名前を出してみんなが問い掛けてくるので居心地が悪いったらない。みんなにその意図はないのだろうが、なんだか責められているような気分になる。そう思うのは、罪悪感が心を占拠しているからなのだけれど。
そして、みんな最後にはこう言うのだ。「キィニチの元気がなさそうだったから、顔を見せて一声かけてあげて」と。なぜその結論に行き着くのか全くわからない。
そう言われて困り果てる私の隣で、空とパイモンはやれやれのポーズを取るので、なんだか私だけが悪者のようだった。(実際、悪いのは勇気のかけらも持てない私ではあるのだけれど)
「、なんでキィニチのこと避けてるの?」
だから、あの時のようにザカンの屋台で軽食を食べながら空がそう言ってきた時、手首に錠を掛けられたような気持ちになった。逃げられないような純粋で素早いストレート。
パイモンが「直球すぎるだろ!」と騒いだけれど、空は動じない。
「別に避けてるわけじゃ、」
「嘘だよね。なるべく懸木の民からくる依頼の時は行かないようにしてるし」
「うっ、避けたいワケじゃないんだけど」
「ということは、やっぱり避けてはいるんだよね。なんで?」
空が首を傾げながらタタコスを頬張る様子を見るに、彼は私を責めたいわけではなくただ単純に理由が気になるといった様子だった。
——なんで、私はキィニチを避けているのか。
「あのね」
「うん」
「キィニチに、あまり好かれていないのかなと、思って」
「……なるほどね。は、なんでそう思ったの?」
「この前、空とパイモンと話した時に、キィニチの表情がわかりやすくなったとか、笑ってるって言ってたけど、……笑ったところなんてほとんど見たことがないし、いつも硬い表情してるから……あんまり私と話したくないのかな、って」
思って、と締めた言葉はどんどん尻すぼみになる。付き合いにくいやつだと、思われているのかもしれない。笑ったのを見たのだってほんの一瞬で。でもそれだけで、すべてを拐っていかれたのも本当だった。
そっか、と頷く空は瞳を細めてなんだか嬉しそうで、今の私の状態とは正反対だ。
「はさ、キィニチに好かれてないのは、寂しいって思うんだよね? 普段の旅の中では、誰にどう思われてもそこまで気にしてなかったと思うけど」
「そりゃそうだよ、だって、」
——だって、自分が好きだなと思った相手には好きでいてもらいたいって思うものだ。せめて、普通の友人くらいの関係性で、温度で、笑ってほしいなって。そんなの、現状じゃ求めすぎかな。
答えを口にして客観的にどうなのか様子を窺おうとすれば、空はすでにこちらを見ておらず「あ」と口を開けて視線は上、で停止した。真面目に話したのにこのタイミングでなに?と思い、私も同じ方向を振り向いてみると、
「——!」
のんびりとしたこの場にはふさわしくない、差し迫った声が響いたので、名前を呼ばれた本人だけでなくみんなが一ヶ所に注目している。キィニチが、階段上からこちらを見ていた。
視線が、獲物を逃さないとでもいうように刺さったかと思うと、煩わしそうに手摺りから身を投げた。軽やかな身のこなしで着地して私の前まで辿り着いた彼は、しっかりと視線を合わせ〝お前に用があるのだと〟体全体で告げてくる。
「うわあ! キィニチ、お前危ないだろ!」
「しょうがねぇだろ? 今のこいつは余裕のよの字も待ち合わせちゃいねぇからな」
「みんなすまない、急を要したんだ。空、パイモン。を借りてもいいか?」
「うん、いってらっしゃい」
「ちょ、ちょっと待って……!?」
私の意思は介在しておらず、空は訳知り顔でにっこりと手を振るだけ、パイモンは呆れた顔でグレインカップに手をつけ始めたところだった。
ぐっと強い力で手首を掴むと、キィニチが「行くぞ」と硬い声で言うので拒否権もない私はそれに従うしかなかった。
廊下を通り抜け、聖火競技場の建物の外に辿り着く。手首から伝わる皮膚の温度に落ち着かず、けれどこんな呼び出しまがいなことをされる意味に震えてる。
まるで校舎裏に呼び出されたかのようで、これから始まるのは少女漫画などによくあるあれだろうか、と嫌な妄想が捗る。「お前のことが気に食わない」という女の子数名に囲まれるアレ——ただ、今回はキィニチとアハウ、一人と一匹なのだけれど。
複数名の女の子よりも、キィニチ一人に詰められる方が精神的に受けるダメージが多いのが問題だ。今の私にはどんな攻撃もきっとクリーンヒットしてしまう。そんな私をよそに、キィニチはいつもより少し怒ったような表情でこちらを見つめてくるので肩身が狭い。
けれど、見つめているだけで一向に話し出さないので、その様子に痺れを切らしたのはアハウだった。
「だ〜! なんだ、このワケのわからねぇ沈黙は! この偉大なる聖龍クフル・アハウの従者がこんな腑抜けとあっちゃ、オレの名前に傷がつく! このアホをどうにかしろってんだ!」
「え、私が!?」
「ここにお前以外の誰がいんだよ!」
「そんなこと言われても……」
キィニチの元気がない、と言うのはアハウの腑抜け発言から取っても本当のことなのだろう。けれど、元気がないなんてどう解決すればいいのか。現状、私が一番その依頼先から縁遠いのではないか、と考えてまた心臓がぎゅっと絞られたように苦しくなる。
困り果てていると、ぽこぽことこちらを叩くように手を動かして迫ってくるアハウの尻尾をぎゅっと握って宙に放り投げたのはキィニチだった。
「アハウ、やめろ」
「なにすんだ、このヤロー!」
語尾が空に吸い込まれ、アハウはくるくると回転しながら競技場の端の方まで飛んで行ったようだった。彼のおかげで音がついていた空間がまた静まる。キィニチが浅く呼吸をする音が聞こえるくらいに。
「さっきは悪かった」
「さっき?」
「注目を浴びただろう、俺のせいで」
「あ、ううん。驚いただけだから大丈夫だよ」
「そうか」
ぷつりと糸が切れたように会話も終わる。う、うまく会話が回らない。久々に顔を合わせたことと、気まずさ、何か怒らせるようなことをしただろうか、ということがない混ぜになってどうにも口が動かない。
キィニチもどこかやりにくそうな顔をして、糸を辿るように口をひらき「その、最近あまりと話をしていなかったから、どうしているかと思ったんだ」とバツが悪そうに言う。
「……え?」
「長い間、顔を合わせていなかっただろう」
「そう、かな?」
「ああ、俺にとっては長かった」
それは私がきみを避けまくっていたからです、とは言えない。とはいえ、この口ぶりだと勘違いしてしまいそうになる。まるで、キィニチが私と会いたかったかのような言葉の羅列。
「最後に会った時、体調が悪そうだったから心配していたんだ」
「あ……お礼も言わずにごめん。ジュース美味しかった、おかげでちゃんと元気になったよ。ありがとう」
「……そうか、ならよかった」
ふ、とほんのり目元をやわらげて言うので、本格的に〝キィニチが私を苦手としている〟説が怪しくなってくる。もしそうなら、嬉しいことこの上ないのに今は素直に喜べそうにない。お礼を言う、というやるべきことができたのに、心がずっと重いまま。謝りたいことは、それだけじゃないのに。
すると、キィニチがまたさっきの少し怒ったような顔を見せたので、背筋にいやな予感がよぎる。
「体調不良が理由じゃないなら、が俺を避けている理由を、教えてくれないか」
「え」
「最初は偶然かと思ったんだが、偶然も重なりすぎると違和感がある」
「……いつから気付いてたの?」
「ということは、やっぱり避けてたんだな」
「うっ、本当にごめん……」
物事の真偽を確かめもせず、恩を仇で返すようだとわかっていた。けれど、キィニチのやさしさが、私へのマイナス感情を埋めることに使われているのではと思うと、確かめることが怖かった。
「悪い、違うんだ。責めたかったわけじゃない。もし、お前に何かしてしまったなら謝りたい」
「謝る? キィニチが?」
「ああ。俺はと、前みたいに話がしたいと思う。代償が必要なら払うつもりだ」
いたって真剣にキィニチが言う。私と話すために払う代償なんて、ある訳がない。慌てて首を振ると、なら理由は、と嘘を吐けないくらい綺麗な色の瞳がまっすぐにこちらを見る。こんなにキィニチと真っ直ぐ向き合うのは、はじめてで、私も覚悟を決めねばならない。息をゆっくりと吸った。
空にも話した私の理由を途切れ途切れに、けれど最後まで伝えれば、キィニチは次第に表情を崩していった。終いには額に手を当て「……悪い」と呟く。
「のことを苦手に思ったり、嫌いだと思ったことは一度もない。それは、覚えておいて欲しい」
「う、うん。それなら……よかった、うん、よかった。でも、じゃあなんであんな厳しい顔してたの?」
「……それは、」
口ごもり、彷徨う視線が彼の戸惑いを告げている。
今までの記憶を踏まえるとキィニチは、言い難いことであろうと、必要なことであれば躊躇ったりせずに言うタイプだ。そんな彼がここまで歯切れが悪いとなると、どんな理由があるというのだろう。
「正直に言うと……の前だと、なぜかうまくやれなくなるんだ」
「うまく?」
「うまく自分を保てないんだ。はじめて知る感情を、自分の中で処理できていない」
言葉を自分でも確かめるように一つずつ並べていくようだった。負の感情でないことは、キィニチの顔や声から伝わってくるけれど、だからこそゆっくりと伝えられるのがもどかしく、くすぐったい。
すると、キィニチの後ろから原色の小さい影が飛び出してきて、我慢ならないと大きく叫んだ。
「——黙って聞いてりゃまどろっこしいヤロウ共だな」
「アハウ!? 戻ってきてたの?」
「ケッ! クソキィニチの一撃なんぞ効くもんか。やっと話が進むのかと思って寛容なオレ様は待ってやってたんだよ」
「お前にも、空気を読むなんてことができたのか。意外だな」
「なんだとキィニチ! ハッ、ならこの聖龍が腑抜けヤロウの心を代弁してやろう。よーく聞け、。コイツはな〝お前と会うと嬉しくなって顔がニヤケちまう、笑顔が頭から離れな〟っ——ギャ!」
キン!という音さえ聞こえそうになる勢いで、今度こそアハウは彼方に飛ばされていった。キィニチの言葉でいうのなら〝閉じ込めた〟のだと思う。
さっきとはまた違う沈黙が私たちを包み、キィニチとばっちり目が合った。私たちはきっと今、心臓のふちをくすぐるようなざわめきを共有している。たぶん、きっと。
「…………悪い」
くしゃりとバンダナを掴んで目元を覆う。じわじわと首、頬を通って耳に。ナタの炎みたいな赤がキィニチを侵食している。どうしたって、隠れきっていないその赤さがこっちにまで伝染してしまうのがわかる。
「……今の、ほんと?」
「……ああ」
「あのね、私も、キィニチが笑ったところ、一瞬だけだったのにずっと頭に残ってるよ」
だからずっと、空やみんなが羨ましいなと思っていた。心のやわい部分をゆっくり少しずつ明け渡されているのだろうと。
でもきっと、今一番それを享受しているのは私なのかもしれなかった。そして私からもキィニチに。頬が熱くて、風がやわらくそれを冷まそうとするのが心地いい。
どことなく照れくささを含んだ空気をなだらかにするようにキィニチが「そういえば」と切り出した。
「がさっき言ったことだが」
「うん? あ、キィニチがよく笑うようになった、って話?」
「ああ。空に指摘されたんだ、のことを話す時によく笑うと」
そこで、自分の胸に溜まって燻る熱の正体に気付いたとキィニチは言った。そして、に避けられているのだと知った時、それだけは許せなかった、とも。
調査に七割、と言いつつも本人にしかわからない情報ならば、聞き出すしかない。罠を仕掛け、獲物が掛かるのを待つ。狩人の名に恥じず、結果的に私はこの状態に陥っている。
「まあ、を捕まえられたのは、空とパイモンの協力が大きかった。二人には感謝している」
——そういえば。今日ここで昼食をとろうと言い出したのは空だった。訳知り顔の空、呆れるパイモン、キィニチに会ったらどうかとやたらと勧めてくるみんな。
なんだ、そういうことだったのかと。ぱちりとピースが合って絵が完成したような気分で脱力する。
「やられた、みんなに嵌められたってことだ」
「俺が頼んだんだ。みんなのことは悪く思わないでくれ」
「まあ、もう捕まっちゃったしね。鬼ごっこは私の負けってことで、終戦だね」
「そうしてくれると、助かる。だが、お前を不快にさせたことへのお詫びはしたい」
「えっ、そんなのいいよ」
そもそもが勘違いから始まり、私の方がずっと悪いことをしていたのだから、それならばこちらが支払いをすべきだろう。だというのに、キィニチは頑として譲らず、何か欲しいもの、してほしいことはないかと言う。
それならば、物でもお金でもなく、正しく関係性を認めてほしい。
「じゃあ、これからはちゃんと友達になってほしいな」
「……もうすでに友達だと思っていたのは、俺だけか?」
悪戯をするような音階。ふっとくちびるを緩め瞳を細められると、やっぱりぐんと嬉しくなる。お腹に抱えていた岩が実は宝石だったような、そんな輝かしさがある。
「そっかそっか、よかった。私の勘違いじゃなくて」
「そうだな。……ああ、ただ、」
ふつりと切った言葉の先を、キィニチはくちびるの裏に隠し持っている。少し考えるそぶりを見せながらも、私と視線がぴたりと合うとゆっくりと確かに伝わるように言葉にした。
「悪いが、俺はきっとすぐに友達では満足できなくなる」
「……え?」
「だから、も相応の覚悟はしておいてくれ」
先ほどとは異なる、奥底にある秘密を共有するような音だった。甘やかに聞こえるそれは、たしかに友達としての範疇を超えているように思える。
先ほど掴んでいた手首をそっと取られ、名前をなぞるように呼ばれた。先ほどよりもキィニチの指先だけが冷えていて、どこか緊張しているようにも見えた。朝焼けのような瞳がふるりと揺れる。
「勘違いをするなら、今度はいい方に捉えて欲しい。その時は、逃げないでくれ」
熱を持った錠で手首を包まれているようで、その時はきっと逃げられないのだろうなと思った。
まるで告白のような言葉に、きっといつか、また軽やかに全てをさらう春の風が吹く予感がする。