まなうらのネオン



、ウチに集合。ガッコー終わったらすぐ」

 六限目の終わりに届いた簡素なメールに、首を捻った。なんだろう、今日は特に約束をしていなかったはずだ。こちらの予定なんて全然気にしない文面に、ちょっと不服。私にだって、竜胆や蘭くん以外の交友関係があるんだけどな。
 とは思いながらも、好きな人からのメールは大体なんだって嬉しい。それが遊びに来いよってことなら、足取りも軽くなるというものだ。ホームルームでの挨拶を聞くのもそこそこに、教室を飛び出した。

 学校から竜胆の家へ。自分の家へ帰るのと同じくらい行き慣れた道筋を辿るのは、変わり映えしないのに毎回嬉しくなる。六本木のマンション、竜胆が開けてくれたオートロックを抜けて、二人が暮らす部屋に辿り着く。

「遅ェよ、
「学校終わってから、ちゃんとすぐ来たよ」

 いつもは幼馴染特権で受け取った合鍵で部屋に入るのに、今日はどういうことか竜胆が玄関のドアから顔を覗かせて待っていた。今日なにかいいことがあったの? 蘭くんが寝起きから超機嫌が良かったとか。それは奇跡みたいなことだから、たぶん一生ない。
 どことなく足取りすら浮かれているような竜胆の背を追ってリビングに進んでいく。すると、どうだ、なんだ?
 灰谷家の一角に、DJブースが出現していた。どういうこと?

「え?」
「どーよ、いいだろ」

 本当にいいだろ、と思っているトーンで竜胆が言う。普段見せないような、喜びを凝縮した笑顔を浮かべるので参ってしまう。どうしよう、なんて反応するのがいいんだろう。
 幼馴染としては、否定したい。懇切丁寧に動機を問い詰めたい。でも、好きな人が好きなもので喜んでいるのを見たひとりの女の子としては、共感、すべきだろう。ほんとに?

「センスが理解できない」

 私は、幼馴染としての、自分の口に出したい言葉を優先させた。だって無理じゃん! 蘭くんなんで止めなかったの?
 竜胆と蘭くんがクラブを好んで居場所を作っているのは知っていたし、竜胆は六本木の御用達のクラブでカリスマ的なDJに手解きを受けたなんて言って喜んでいたのも覚えている。でも、それはそれ、これはこれじゃない?
 なんで家にブース置いたの? クラブ行けよ、家をクラブにするな!

「ア? だってクラブ行ってみたいって言ってただろーが。DJ見てみたーいって、この前写真見せたとき言ってたじゃん」
「言ったけど、ホームDJが見たかったワケじゃないのよ、わかるでしょ!」

 きらきらと反射するミラーボールやネオンが見たかった。重低音と、光と同じように散らばる高音を聞きたかった。その場所に足を踏み入れたかっただけで、別に日常空間を捻じ曲げたかったワケじゃないのに。

「じゃあ、オマエ、一生クラブなんて行けねェよ、残念だったな」

 不服そうに詰まった眉間と、吊り上がった眉。への字のくちびるから生み出されたのは、オレのやさしさを理解しろよ、という言葉。
 DJブースを家に常設することと、それがやさしさだということ、私とクラブとの縁が断絶されたこと。なにをどうしてコトが繋がるのかわからなくて、竜胆をまっすぐ見る。ばっちり視線があったのに逸らされた。

「待ってなんで!? ふたりの御用達に連れてってくれるだけでいいじゃん!」
「ハァ!? ふざけんな、あんなナンパの巣窟に好きな女連れてくワケねーだろ! オマエは一生オレのDJしか体験できねーから覚悟しろ」
「ヤダー! プロのDJがいい! ……ちょっと待って」

 テンポとノリだけの応酬を繰り返していたら、聞き捨てならない言葉が聞こえてきたからさすがに一瞬思考が止まった。

「竜胆の好きな女」
「おう」
「私?」

「私、一生、竜胆のDJ姿みるの?」
「そー、オマエはずーっとオレの傍にいんの」

 ちょっとだけ、照れたようにしながらもにかっと笑う姿はかわいいし、カッコいい。告白を飛び越してのプロポーズだった。突飛すぎてまぶたの裏がちかちかする。自宅のDJブースの横で告白とプロポーズを一緒くたに受けるとは思わなかった。
 竜胆の感性はちょっと特殊だ。私はクラブで踊れなくたって、DJを見ることができなくたって、竜胆が好きだって笑ってくれるだけでそこらへんのものは全部捨てられるのに。DJが傍にいなくても、ただの竜胆が傍にいるならそれでいいのだ。

「さっき言った通り、オレはのことが好きなんだけど、オマエは?」
「……竜胆のためならクラブに一生行けなくてもいいかなって、思うくらいには、好き」

 照れた頬の上にもう一層喜びを重ねて、竜胆はぎゅうっと痛いくらいに私を抱きしめた。むしろちょっと痛い。
 抱きしめられるのなんて初めてで、心臓の音が竜胆から溶け出して私のと混ざったみたいだった。フロアの重低音はこんな感じに響くのかなと、もう辿り着かない場所を想像した。
 あーあ、と気持ちの入らないため息を小さくこぼした。私にとってきらびやかな世界は一生踏み込めない領域になってしまったのかもしれない。まぶたの裏だけで、光る街やぎゅっと人が詰まった空間を描き出す。
 でも、竜胆がそこまでして私をクラブに行かせたくないなんて思うなら。まあそれも悪くないなと思うんだから、私も物好きだ。
 でも、DJブースはマジでいつか捨てて欲しい。