手を繋いで、ニライカナイへ



「ん~~!やっぱり、定例会の後はこれだね。これがなきゃやってらんない、まじで。おいしい」
「今日のこれはなに?初めて見る、赤いし白いし丸い……」
「まあ、まず食べてみて!おいしいから!」
「むぐ」

 安定は開いた口に詰め込まれたものをゆっくり咀嚼すると、一度目を大きく瞬かせてからふにゃりと笑った。
 それに満足したもさっそくとかぶり付く。モッツァレラチーズはもちっとしていて、蕩ける。口を離せば、離れがたいとチーズが後を追ってくる。窯焼きのそれは少し煤けているけれど、少しの焦げは風味に変わっていた。
 更にはやはりトマトである。酸味も効いているけれど、甘みももちろんプラスされている。一口噛みしめたところで、も頬をとろけさせた。
 定例会を行う政府のお屋敷は、いつも違う場所を指定される。それは歴史修正主義者に居場所が割れないようにする術なのかはわからない。しかしとその近侍は、忙しなく変わる開催場所を毎回楽しみにしていた。

「しかも、ここ、こんなに美味しいのに、安いの!本当ステキー!」
「主はもう少し控えたほうがいいんじゃない。むぐ、も、最近肉ついてきたよね。もっ」
「安定、それ以上喋るな」

 取り分けられた分を口にしている最中だったが、更に口に押し込まれたピザ。頬袋に餌を詰めたハムスターのようにもくもくと噛み締めて安定は幸せそうに笑った。
 そこからまた喋り出そうとする安定に、口のものを消化してからにしなさいと言い、まるで親子のようだなとは思った。外見的な年齢であればほとんど二人に差異はないし、むしろ刀であった安定のほうが物理的には早く生まれている。
 それでも、口にお弁当つけながら、顔でおいしいと語る安定は弟のように思えて仕方なかった。
 そこから二人が話し始めたのは、ピザが丸々三枚無くなってからのことだった。

「ていうか、これ清光に怒られるよ」
「なんで?お土産買ってく?」
「最近、主が小遣い使いすぎだって。もちろん買うでしょ、二枚はいける」
「えっ、清光、私の財布まで管理してるの?あの子ほんとなんかしっかりしたね。すみませーん!マルゲリータ四枚持ち帰りたいです!」
「主の財布、紐緩すぎるからね。あいつ最近かわいいって言われるより……あっ、僕フライドポテトも食べたい」
「すみませぇーーん、フライドポテトも四つお願いします!」
「あ、唐揚げも」
「唐揚げもお願いします、二つ」


 持ち帰ったピザとサイドメニューは短刀たちは大喜びしたし、太刀のみんなはまたか、と言うように微笑んだ。大太刀に至っては酒だつまみだと騒いだし、清光と歌仙からはこっ酷く叱られた。
 本丸の大半がこの二人を生暖かく見守る中で、清光と歌仙、この二人は自分たちがどうにかしなければと息巻いていた。そう、と安定は食に対する金遣いが荒すぎる。このままではこの本丸は歴史修正主義者と戦う以前に破産するのではと、二人は危ぶんでいた。
 自分たちの主と、清光の昔馴染み。憎めない二人だが、持って帰ってくる量が尋常ではない。
 お土産だよ、おやつに食べよ!と元気にピザを持ち上げたに返ってきたのは歌仙からの拳骨だった。夕飯があるだろう、何を考えているんだ君は全くと小言を並べてプリプリ怒る彼に、件の二人は悪びれもせずに言うのだ。

「大丈夫、夕飯も入る」

 問題はそこじゃない、と二回目の拳骨は安定に降った。清光からである。

「やっまちまったね」
「だから言ったじゃん。清光怒るよって」
「でもさぁ、私たちだけ毎度美味しいもの食べるっていうのも悪いじゃん。みんなにも味わって欲しいと思う主心じゃん?」
「さすが僕らの主。尊敬する」
「んふふ、もっと褒めてくれてもいいんだよ~」

 二人は夕飯まで廊下の雑巾がけを言い渡された。床に固く絞った雑巾を置き、並走する。小学校の頃に戻ったようだと思いながら、は床を踏む足に力を込める。
 こんなペナルティには慣れっ子の二人は、本丸をぐるりと囲う長い廊下を駆け抜け、一休みと端っこに腰掛けた。

「パスタに、カレーに海鮮丼。うーん、次はなに食べようかな。ね、安定」
「ビーフシチューに牛タン、鍋……うーん、僕、次は甘いものがいいな」
「甘いものかぁ……私もそうかも」

 先ほどあれだけの量を食べておきながら、さらには怒られておきながら、二人は次回の予定を考えることに余念がなかった。主張するかのように、少し大きな声で次に食べたいものを上げていく。
 ふと、思い出したように二人して声を揃える。

「清光がこの前、ショートケーキ食べたいって言ってた」
「歌仙がこの前、プリンに興味持ってたの」

 二人して発した言葉に、一瞬にして閉口する。そして顔を見合わせ、と安定は笑いを漏らす。完璧だ、これで。

「これにて決定と相成ります!」
「じゃあ、私リサーチしてくるから!どこがいいか、後で絞り込むの手伝って!」
「任して、その役目、この本丸で僕以上に務まるやついないから」
「頼もしい……頼もしいよ、安定。食に関しての信頼性ピカイチだよ」
「ふふふ、主もピカイチだよ」
「もう、お土産たくさん買おうね。考えてみれば、清光と歌仙が食べる前にいつもなくなっちゃうもんね」

 実際そうなのだ。二人が買ってくるお土産は本丸名物となっており、短刀たちの争奪戦から大太刀のつまみとして取られてしまって残るのは僅か。
 清光と歌仙は、と安定へのお叱りを優先させるため毎回取り分はない状態となる。本当であれば、叱っていたって大事な主が、昔馴染みが買ってきてくれたお土産を食べたいものである。
 多く買われても困るが、自分たちが食べれないのも寂しい。他の刀剣たちが必ず食べているのも妬ましい。それが毎回のお叱りに比例していた。

「今度は先に渡してあげようね」
「そうだね。帰ってきたら、いの一番に渡してあげようよ」
「他のみんなに見つからないように、隠れんぼしなきゃだね」
「清光と歌仙さん、喜ぶかなぁ」

 安定が零した言葉にがそうだね、喜ぶ顔見たいと返した直後であった。
 背後で破裂するような音が響いた。思わずと安定は身を縮めて手を握り合った。それ程の衝撃であった。
 そっと後ろを振り向けば、清光と歌仙が立っており、彼らは早口で捲し立てた。

「も、ももも、もう良いから!」
「夕餉の時間だ!雑巾がけは終わりにしてくれ!」
「え?もう?もう晩御飯?」
「はやいね。主もう夕餉入る?」
「任せて」
「だよね」

 ほら、早くしてよ! 夕餉が冷める!と先陣を切る清光と、雑巾はちゃんと洗って干してからくるんだよ、君たちは雑だから! もう!と息巻く歌仙を見て二人は元気よく返事をした。
 免除された雑巾がけ、清光と歌仙の髪から覗く赤い耳に、先ほど見えた赤い鼻、目。これだけ証拠を揃えられれば、わかってしまう。気付いてくださいと言わんばかりだ。聞いていたのだ、二人が恥ずかしいと思ったのか嬉しいと思ったのかはわからないが、たぶん後者が強い。
 明確に見つけられた証拠に、にしし、と歯を見せ笑い、横目を合わせる。そして、と安定は拳を合わせた。もちろん、二人に見えないよう背中で。これ以上叱られるのは勘弁願いたい、とは心の中で思う。

 邪な気持ちに少しの本心を垂らしこんで、勝ち得た勝利だった。
 計算済みであったのだ。偶然のように座り込んだ廊下の端、打刀部屋の前でこの話をすれば、お怒り免除になることも、幾度となく怒られてきた二人には。
 と安定のお目付役はなかなかに涙脆いのだと再認識し、夕飯にありつこうと二人は掃除したての廊下に足跡を残した。