やさしくなくていいよ



「なんか、主さぁ、俺と行くときはおしゃれなとこ選ぶよね」

 審神者会議も終了し、もちろんその後することは決まっている!と、他の審神者たちやこんのすけへの挨拶もそこそこには屋敷を飛び出した。本日の近侍であった清光の手を雑に掴むのも忘れずに。それでも彼は一つ溜め息を吐くだけで彼女のその行動を許す。
 そんな彼がその言葉を口にしたのは目的の店で頼んだランチが出揃った時であった。
 ウキウキとメニューを見回していたはカフェの日替わりランチプレートを頼んだ。今日の日替わりは「もちもちの豚肉を塩麹で漬け込んで焼いたステーキ」で、店員のお姉さんのオススメでもあったらしく迷わずはチョイスした。それも、燭台切が他の本丸の彼から得た「塩麹とお肉が良いらしいね」という情報を又聞きした結果でもある。
 清光はサラダにライ麦パンが二欠け付いているプレートを頼んでいた。色とりどりの野菜たちの上には生ハムとパルミジャーノチーズが薄く削られている。
 それぞれランチが目の前に届き、いただきます!とが胸の前で手を合わせ、カットされたステーキを口に含む。「んんんん!」と彼女が唸ったのを清光は頬杖をついて眺め、口を開いた。

「なんか、主さぁ、俺と行くときはおしゃれなとこ選ぶよね」

 ステーキの方ばかりに気が向いていたがきょとん、と彼の方を見つめた。審神者会議が始まる前から、今日の清光は少し刺々しい、というか、不安そうというかそんなところがあるような無いような?とは薄々思っていた。けれど、溜め息一つで彼女の行動を許した彼に、杞憂だと高を括っていた。
 けれど、何かこのタイミングで彼の琴線に自分が触れたことだけはわかった。その内容についてはさっぱりだが。

「え、こういうとこ好きかなと思って」
「まあ好きっちゃ好きだけど」
「え、高いからダメとかそういう話?私食にはお金使いたい方だよ!知っての通り!」
「違くて、そういうことじゃなくて、いやそれも考えてってのはあるけど」

 言葉を選ぶかのようにもごもごと口を動かす清光に「とりあえず、食べない?」とは勧めた。料理は早いうちの方が美味しいに決まっているのだ。
 不服そうにフォークを手に取り、緑色の葉っぱたちと生ハムを口に含む。すると、顔の強張りが少しとける。もくもくと口を動かし咀嚼していく清光に、自分の店のチョイスが間違いではなかったことを確認できは満足した。
 けれど、そのすぐ後には眉間にぐっと皺を寄せ、先ほどの状態に戻った、なぜ。

「安定とはこの前、何食べたの」
「え?えーとね、この前だから……あ、お肉とろとろやわらか爆盛りローストビーフ丼!いやぁあれもおいしかった」
「その前は?」
「行列のできるチャーシュー特盛ラーメン、そこの豚骨が本当においしい」

 清光が頭を抱えたのがにはわかった。けれど嘘はついていない、言えと言われたことを言っているだけなのだ。安定はよく食べる、そして彼女も負けずによく食べるのだ。だから、本丸の財布をこの二人には任せられないと、主至上主義の長谷部でさえ嘆いているのだ。
 絞り出すように清光が再度、彼女へ問いかける。

「……その前」
「採った野菜をその場で食べれるナチュラル野菜園」
「なに?それ俺知らないんだけど」
「あ、やべ!時間掛かったから怒られるかと思って言ってなかったやつだわ!」

 清光ったら、秘密を暴く天才だな! 探偵できるよ!なんて誤魔化しにもなっていない言葉を吐いて、斜め上に視線を彷徨わせてみても清光はじっとを見たままであった。気を逸らすために「芋とかは自分で掘るんだ」「すごくドロドロになる」「遠足っぽいよ」とつらつら彼女が話し続ければ、彼の表情はどんどん暗くなっていく一方だった。
 どうしたもんか、と考えつつステーキをまた一切れ口の中に運べば、じっと彼女の方を見つめる清光が見えた。そういうことか、と彼女はステーキ一つを摘み、清光の口元にやった。

「は?なに?」
「え?食べたいんじゃないの?」

 柔らかくておいしいよ、と彼女が寄越したそれは確かに美味しそうな香りを運んできた。つられる様に口を開けば、ゆっくりとそれが口の中に入れられる。噛み締めれば確かにの言う通り柔らかくておいしかった。
 「清光のも食べたい」とが言うので、清光はフォークで器用に野菜と生ハム、それにチーズも乗っけて彼女の口元まで運んでやった。おいしいおいしいと騒ぐ彼女に一つ溜め息を吐いて自分もサラダを食べ進めた。

「清光のも食べたい」

 顕現したてで、初めて食事をした時にも彼女はそんな事を言い出した。箸やフォークの使い方もよく分からずにいる清光にはそう言ってのけた。「あ」と口だけ開けて待つ彼女に彼は困惑した。まるで雛鳥みたいだ。もしこれで上手くやれなかった時には捨てられるんだろうかと危ぶみもした。
 けれど、「まだ?」と楽しそうに目で訴えてくる彼女にそんなことは忘れて、フォークに刺した肉を口に入れてやる。少し驚いてから、本当に嬉しそうな顔をしたのを清光はよく覚えている。

「私のもあげるね!」

 箸をうまく使ってが掬い取った刺身は、清光の口の中に放り込まれた。少しぬるいくらいの刺身がびっくりするくらいおいしかったのを彼は忘れていない。
 それからも、仲間が増えるまではどこに行くにもは清光を連れて歩いた。その頃から食べることに重きを置いている彼女だからこそ、本当に色んな種類の場所に。
 あの頃より随分仲間も増えた。とても嬉しく、良いことだけれど、それに反して彼女が一人一人に割ける時間が減ったのは確かだった。
 初期刀である彼が一番、その時間の流れに敏感で、体感していた。彼女の時間を一分の一で享受していた頃、仲間が一人増えそれは半分になり、どんどん分母のみが大きくなっていった。それは、これからも変わりない。


 あの後、黙々とランチを食べていた二人はすぐに料理を完食した。気の利く店員がサッと皿を下げにやって来て、食後にコーヒーでもと聞くのでカフェラテを二つ頼んだ。
 それを待つ間、なんだか手持ち無沙汰な気分になり、は先ほど頼んだカフェラテの評判を口にする。清光が黙ったままなのが気になったのだ。

「ここのカフェラテ、おいしいらしいよ」
「……安定と行くときはデカ盛りとか変な路地裏の店とかも行くじゃん」
「ん?え、うん。あの子よく食べるしね」
「俺だって、割と食べるよ」
「え?!」

 突然、先ほどの話に舞い戻ったことに戸惑いながら話を続ければ、更にギョッとする言葉を清光から聞いた。
 今日だってサラダランチ、あんたダイエットがなんだかんだって言ってただろう!との顔に書いてある事を清光は見逃さなかった。先手を打つ様に言葉を紡ぐ。

「普段は摂生してるの。食べたって他の日に気を付けるからいーの」
「えええー……そうなの?じゃあ、次の審神者会議の開催場所の近くに高架下のトンカツ屋あるけど行く?」
「行く」
「お店自体がすごい油!って感じ纏ってるけど、本当に行く?」
「行くって言ってるじゃん」
「揚げたてトンカツがね、ザックリ刻んだキャベツに乗ってて。しかもお肉が大きいの!それをソースにつけてもよし、マヨネーズたっぷりつけてもよし。ただし、旨さには反比例して付きまとうものもある。カロリーの塊」
「主が行くところなら行くってば」

 が熱弁し、それでも行きたいのか?!と試す様に言ってみても清光は表情も変えずに行くと言い張るばかりだった。逆に、の方が拍子抜けしたように肩の力が抜けてしまった。
 今日の清光は、なんだか頑なだ。ここまで話をした内容を考えれば、彼女にも清光の考えが少しはわかった。全て分かっていなくても、彼が自分に向けている今の気持ちが負のものでないことくらいはわかる。

「私、別に清光だから無理してこういう所選んでるわけじゃないよ」
「え?」
「安定だから気を遣わないでこっちのお店、とか、清光だからちょっと気を遣ってこっちのお店。とかじゃないよってこと」

 清光の話出しからも、途中の内容からも、自分に気を遣って欲しくないという意図をは読み取った。それと、安定への少しのライバル意識。
 普段はなんだかんだ仲の良い彼ら二人だからこそ、対抗意識の様なものが根っこにあることも知っている。二人ともにとっては大切な仲間たちだから、そのことは言葉にしておこうと思ったのだ。

「清光と一緒に行ったら、清光が喜ぶかなぁと思って。探してる時も楽しいんだよ」
「あー……」
「安定の時はもはや勝負を挑むみたいな気持ちでお店探してるけど、清光と行く時はこう、デート行くみたいな?そういう気持ちで探してるっていうか、」
「もう、もういい!やめて!」

 耐え切れないとでも言うように、手で口元を覆ってしまった清光の視線がすすす、と横に逸らされる。そんな普段の彼とは違った一面には頬がゆるゆるに緩みそうになるのを我慢した。ここは我慢だ、我慢。デートと言ったけれど、女子会という言葉でも良かったかもしれないと一瞬思ったことも、口に出すことは我慢だ、我慢。

「清光の行きたいところに今度は行こう」
「……ん」
「どこ行きたい?」
「主がいつも行くようなところ」
「じゃあ、今度は二人でそこに行こうね」

 彼女がそう言えば、清光はぶわっと背に花弁を舞わせた。とうとうそんな自分に耐え切れなくなり、彼は机に突っ伏した。
 そして少し間を置いて「うん」とくぐもった声で、素直に返した清光には笑いを抑えられるか自信がなくなっていった。綺麗に結わえられている黒髪の奥に潜んでいる形の良い耳が真っ赤だったからだ。
 机に乗り出して彼の耳に触れれば温かかったので、抑え込もうとしていた笑いが「くふふ」と口から飛び出す。それを耳にして彼は「やめてよ」と言ったけれど振り払うことなんてしなかった。
 彼女は、自分の本丸の刀剣たちのことを本当に可愛いく大切だと思っていた。その中でも、初期刀だからと多くを他の者に譲渡し我慢して、普段は甘えられない彼がこうやって見せる心の柔らかい部分が嬉しかった。

「清光、美味しかった?」
「……すごくおいしかった」
「そりゃあよかった」

 んふふ、とが笑いをそのままにするので、清光は仕返しのつもりで鼻を摘んでやった。「んぐっ」と彼女が呻いたタイミングでカフェラテが二つ届く。モコモコの泡の上にラテアートがされていて、それをがかわいいかわいいと騒ぐ。
 まあこういうとこも好きなんだけどねぇ、と清光は心の中で思い、カフェラテに口をつけた。なんだか、とても優しい味がした。