ゆめの終わりはすぐそこに
もしよければ、堀川国広を定義してみよう。
ひとつ、丁寧で物腰が柔らかい。
ふたつ、本丸では穏やかなお兄さんだけど、戦場に出れば血の気が多い。
みっつ、綺麗な空色の瞳に、清潔でやわらかな容姿。
よっつ、世話焼きさんで兼定の助手。
いつつ、家事やお手伝いを任せれば全てを効率よく完璧にこなす。
よくある堀川国広像に、相違はないと思う。けれど、私の本丸に顕現した堀川国広はそのイメージから少しだけズレている。少しという言葉では語弊があるかもしれないけれど。
私の本丸には様々な刀剣が集まっている。初期刀の加州清光から、珍しいと言われる三日月宗近まで。審神者になっていくつも季節が過ぎた。戦場に出るごとに、日々を過ごすごとに本丸は賑やかになっていった。
最初は清光と二人だった本丸も、鍛刀で兼定がやってきて、二人が出陣すれば安定が拾われてやってきた。新撰組の刀たちが集まり、粟田口の短刀たちが集合し、伊達組に左文字、三条のみんなも集まっていった。けれど、私の初期刀たちが待っている刀は待てども姿を現さなかった。もはや、彼以外は本丸に揃い踏んでいると言っても過言ではないのに。嫌われているのではないか?と疑いたくもなってしまうくらいには待ったのだ。神様に嫌われるなんて恐ろしくて考えたくもないけれど。
堀川国広。堀川派の脇差、新撰組 土方歳三の刀。兼定の助手で相棒。
「今日も来なかったねぇ……」
「……まあ、そう気を落とすなよ。あんたは頑張ってると思うぜ」
「そんなこと言って、気落ちしてるのは兼定でしょ。一番来てほしいと思ってるのも兼定でしょ、一人じゃ朝の身支度もできないのも兼定でしょ!」
「なっ?!なんで知ってんだ!?」
「清光と安定と後ろからこっそり覗いてたりした」
なぁにやってんだお前らは!とがなりながら兼定がどすどす床を踏み鳴らす。後ろからその姿を追えば、長い黒髪の中に赤い耳が覗いていて、恥ずかしいんだなぁと笑った。
毎日の日課である鍛刀には、最近代わる代わるお供が付いてくる。ある日は清光、ある日は安定、ある日は山姥切、ある日は山伏、そして今日は兼定。みんながみんな堀川国広はまだかと待ち構えていた。彼が顕現しないかわりに資材はどんどん鉄屑に変わっていった。鍛刀失敗の時の妖精さんの表情を見るのは居た堪れないし、堀川国広が来なかった付き添いの顔を見るのも辛い。全員揃えるという野望より、揃えなければならないという矜恃より、私の近くに居てくれる彼らのがっかりした、寂しそうな顔が私の心をちくちく苛む。
「明日は来るかなぁ」
「どうだろうなぁ。資材の配分でも変えてみるか」
「兼定、ちょちょっと堀川国広パワースポット巡ってきてよ。一日で」
「なんだよその国広のパワースポットって」
「堀川国広に所縁のある土地を巡って顕現してもらおう大作戦!」
「あんたなぁ、それ京都から北海道まであるんだぞ。無理だろ」
べしりと私の頭を叩いて、兼定はくつくつと笑う。私本気で言ったんだけど! 兼定は本気とは受け取らなかったらしく、後ろをついて歩く私の頭をガシガシと雑に撫でてから、また雑に広間の襖を開いた。彼の雑な仕草は私を慰める、元気付けるためのものだと知っている。
新撰組の刀たちはうまい慰め方を知らない。彼らは戦うために生きたからだと思う、慰め方が雑なのだ。叩かれた頭を、いたいと撫でつつ私も広間へ足を進める。もう夕方だ、光忠と薬研が夕食を並べてくれている頃だ。今日の夕飯は何だろう、久々にカレーが食べたいなぁなんて思いながら兼定の後を追い、広間への歩みを進める。
私の大事な君たちの大事な人だから、待ち望んでいるんだよ。まだ来ないかな、明日かな、明後日かな。みんなの喜ぶ顔が見たくて頑張れるんだよ。
広間に入ってから、「主ー、今日の夕飯ハッシュドビーフだって。僕の隣で食べるよね?」そんな声を聞いて、ニアミスだなぁと思いながら安定の隣に腰を据えた。間を置かずに、私の肩に安定が顎を乗せてきて、それがすごく刺さる。痛いよ!と訴えても彼はししし、と笑うだけだ。なんだかんだいって、とても幸せな時間。口元がだらしなく緩んでいたんだろう、兼定からは「きもい」と一言が投げられた。それと同じタイミングで清光が、待ってましたとばかりに逆側の肩に顎を置いた。彼らは細い故に肉がない、そのため骨が刺さる。痛いんだって!
「おい、主の分のハッシュドビーフは倍だ!あー、飯じゃなくて、ルーだけな!この人、つゆだく派なんだよ」
兼定が声を張り上げる、注目を浴びて恥ずかしい。台所から燭台切が「わかってるよ」と顔を覗かせた。「兼定、主のこと一番わかってるみたいな体でいるのやめてよね」顎を肩に乗せたまま安定がぶうたれて言葉を放った。うん、それより肩に顎を刺すのをやめてよね。
みんなが徐々に集まり、わいわいと食卓を囲んでいく。歴史修正主義者との戦いの日々だけど、その中でもこの時間はあったかくて幸せなものだなと思う。
そしてこの次の日であった、みんなの念願が叶ったのは。
「今日も頑張りましょう」
「今日のノルマは二本だよ、主」
「えぇ~~清光!そんなこと言わないで、鍛刀って結構、私の体力奪うんだよ?」
「その分よく昼寝してんじゃん、安定と」
「え、な、なぜ知っているの」
ハッシュドビーフの次の日、みんなに出陣や遠征をお願いして、私は清光と鍛刀に来ていた。政府のお偉いさんもよくわかっているもので、初期刀の清光と鍛刀を行うときは効率や相性がいいのを把握している。ので、ノルマが増えたりする訳。完璧に私の本丸を把握しているところが怖いところである。
ただまあ、把握されている内容に偽りがある訳ではないので、清光と二人で頑張ってみようという話だ。今日は、昨日の遠征成果によって資材に偏りが出ている。ううむ、今日は玉鋼率高いから玉鋼を使おうね。
「主、サボる時、安定使うのやめた方がいいよ」
「え、その話題続ける?スルーしたつもりだったんだんだけど!」
「あいつ、アホだから、本丸に全部筒抜けだよ」
「嘘でしょ?!二人だけの秘密だよって語尾にハートマークつくような約束はどこに?!」
「どこにって、本丸内にばら撒かれてるけど」
嘘だろ安定、信じてたのに安定……。この本丸は本当に個人情報とか秘密裏に、とかそういう言葉が通用していない。誰かが誰かのスパイである。あーーーーー、ごめんね!と無駄に可愛げを携える安定が脳裏をよぎる。あいつ絶対自分の可愛さで全てを覆す気だと思う。
そんな冗談を交わしながら資材を調整して、妖精さんたちに鍛刀を依頼する。祈願として、手伝い札だって惜しまない。鍛刀完了を待つ間、もしもを考え今後の策を練る。
「今日も来なかったら、石切丸に祈祷してもらおう」
「それよりも、他の審神者に堀川が顕現した資材の率もうちょっとちゃんと聞けばいいんじゃない?」
「聞いたよ!さすがに聞いてる!この前の審神者会議の時聞いてメモして次の日それでやっても駄目だったよ……」
「あぁ……そう……ごめんって……」
明らかにヘコんだ私に対して、清光は哀れなものを見る様に視線を下ろした。鍛刀もだめ、戦場での回収もできない。私は生まれた時から堀川国広運がゼロに設定されていると思った。みんな、すまない。
そんな話をしていれば、鍛刀が完了したと妖精さんがこちらに駆けてくる。ほら、シャキっとしてよ、新入りだよ。と清光が私の腕を引っ張り立ち上げる。
毎回この瞬間は緊張する、今度は誰が現れてくれるのか。刀に手を触れる、すれば刀身が光り、現れたのは…………
「あの、すみません。こちらに和泉か……」
「あ……」
「あれ」
顕現したのは、待ちに待った、この日を夢見た、堀川国広その人であった。上がった瞼の下には兼定と同じ色の瞳が現れる。ピタリと堀川国広の瞳と私の瞳が合わさる。視線が絡まる、そのタイミングで堀川国広の言葉が切られ、私と清光は呆然と口を開ける。
「あ、あ、あーーーーーーーーっ?!あっ!?」
「きたじゃん!やば、安定たち呼んでくる!」
「よろ、よろしく!堀川国広さん!きてくれて本当にありがとうございますッ!!」
鍛冶場から清光が飛び出し、それと同時に猛る胸の内のまま、私は堀川国広に飛び付いた。失礼だと思う、けれどこの時私はタガが外れていた。
苦節数ヶ月、みんなの苦労が、みんなの気持ちが報われるのだ。こんなに嬉しいことはない!
うおおお、と雄叫びにも似た声が口から漏れる。堀川国広は嫌と言うこともなかったので、私は清光が戻ってくるまでその体勢を保っていた。そして、彼の耳元で感謝を込めて口にした。
「本当にありがとう、私この本丸の審神者をやっているです。これから、何卒、何卒よろしく……!」