君という異空間



 特別なことをしたわけではないけれど、我が本丸最後の刀剣、堀川国広が顕現した。所縁の地めぐりも、ご祈祷をせずとも顕現したのだ。やったね!
 兼定を始め本丸全体を挙げて喜びを表現して、堀川国広を歓迎した。その喜び様は、喚び出した私が近づけないほどであった。
 だから、気付かなかったのだ。何か様子がおかしいな、なんて。

「清光!由々しき事態だよ!」
「んー?何かあった?」
「堀川国広が堀川国広っぽくない……」
「……どういうこと?」

 お昼ご飯の後、悩みに悩んでからバタバタと清光のところに駆け込んだ。彼は近侍の鑑がごとく、政府からの書類を仕分けていた。ごめん、それ私がやらなきゃいけないやつ!
 ただ、こちらも由々しき事態なのだ。是非とも、直ぐにでも話を聞いてほしいし解決したい。
 私の焦りが滲んだ表情に、清光はしょうがないと零しながら筆を置いた。こちらにも向き直ってくれて、聞く体制は完璧。「で、なに?」と話すよう促される。

「堀川国広が堀川国広っぽくない」
「それさっき聞いたってば。もっと詳しく」
「なんか、審神者会議とかで見る堀川国広とか、他の本丸の話と全然違うんだよ……」

 端的に言おう、うちの堀川国広は冷たいしおっちょこちょいだし家事が得意じゃないようなのだ。
 私が聞いた話では、物腰柔らかで、彼は兼定だけでなく審神者に対しても世話焼きが多い。炊事洗濯掃除などのお手伝いは超が付くほど得意だし、戦場に出ても、兼定を立てながらも闇討ち暗殺お手の物と敵を片付ける。そして基本的には常に柔らかい笑顔でいるらしい。
 これを念頭に置いて、堀川国広が顕現してからのことを遡りたいと思う。


 顕現当日に大層もてなされた彼は申し訳ないと思ったのか、自分が炊事をすると申し出てくれたらしい。何分、うちの本丸は堀川国広不足だったため、彼は宝物のように扱われていた。みんなの反応が大げさとも言い難いけれど、居心地が悪かったんだろうなと思う。
 「国広がよぉ、炊事をやりたいんだとよ」と私のところに言伝に来たのは兼定だった。もちろん、助かるしやってもらうのは大歓迎だ。

「でも、本丸に来て日も浅いし、兼定が一緒にやってあげてよ」
「あぁ?まあ、しょうがねぇなぁ……」
「台所に立つ時は髪の毛ちゃんと縛らないと歌仙に怒られるよ」
「へぇへぇ、わぁってるよ」
「じゃあ、今日からよろしくねー」

 という具合に、何の心配もなく任せたのだ。そして、任せた手前様子を見に行かなくてはという使命感と生の堀川国広が働いている場面を写真に収めたい一心で私は高速で書類を片付けた。途中でお茶を運んでくれた安定には「普段からそのくらいやりなよ」と爆笑された。好奇心に勝る原動力などないのだ!
 なんだかんだ言って好奇心を抑えられない安定を引き連れて、私は炊事場へ向かった。

「堀川国広が料理をしている……!なんてレアな光景!」
「うち限定でしょ。これからはずっといるじゃん」
「まあそうだけど、堀川国広初めての炊事を写真に収めておこう」
「初めてのおつかいみたいだね」

 そんなことを言いつつポニーテール兼定と三角巾堀川国広を後ろから、バシバシ写真に収める。二人の表情ときたら楽しそうで……それだけでもうシャッターを切らざるをえない。兼定ほんとよかったね、私も嬉しい! そして、あわよくば私も堀川国広とちゃんと喋ってみたい。みんなの歓声に圧されて、私はまだ自己紹介しかしていなかった。
 二人の姿を連写していれば、「主、それは撮りすぎでしょ。普段そんなにみんなの写真なんて撮らないじゃないか!」と安定がむくれて突っ込んでくる。その声が大きかったためか、堀川国広と兼定がこちらを振り返る。振り返る、兼定が何やってんだと声を掛ける、堀川国広の空みたいな瞳がよく見えた、目がかち合った。
 その時の大きく見開かれた瞳、口、そして彼の手からすっぽ抜けていった包丁。ザクッ!という音を立てて、包丁が床に突き刺さった。兼定と堀川国広の間に、垂直に立つ包丁。
 固まったような室内に、ハッと息を呑む声がして堀川国広が兼定の足元を視線だけで舐めた。

「ごっごめん兼さん!怪我はない?!」
「お、おい国広ォ、お前大丈夫か?!」
「怪我!怪我ない!二人とも怪我?!」
「主、落ち着いて。重傷なのは床だけだよ」

 安定の言う通り、二人に怪我はなく包丁が刺さった床だけが負傷している。よく研がれた包丁だったのか、歪みなく垂直に突き刺さっている。これが足に刺さっていたらと思うと肝が冷える。
 わたわたと兼定の心配をする堀川国広を安定が小突いた。それで落ち着きを取り戻したのか、小さな声で「すみません」と彼は謝った。うん、怪我がなければ何でもいいよ!

「というか、お前らは何してたんだよ?」
「いや、堀川国広の初炊事当番を写真に収めたくて……ついでに兼定も」
「俺がついでとはいい度胸じゃねぇか!」
「主、なんか意気込んで写真撮りまくってたよ。普段そんなに撮らないくせに」
「これからはみんなのことも撮っていく所存」
「そんなこたぁいいから、仕事でもしてろよ」
「珍しいことに、もう今日は仕事を終わらせてきたんだよ。槍でも降りそうだよね」
「槍が降ったら戦力増強だね!やったね!」
「つーか、国広どうした?黙りじゃねーか」
「いや、僕は別に……」

 ゆるゆると会話を続けていれば、そんな中で安定が「ねぇ」と声を上げた。訝しげに首を傾げる。そして、鼻をくんくんと働かせた彼は呟いた。

「……なんか焦げ臭くない?」
「あっ?!」

 堀川国広が声を上げたのと、鍋がシュウウゥ、と音を立てたのは同時だった。足音大きく鍋に走り寄った彼が蓋を開ければもわっとした黒煙が上がった。それと一緒に鍋の下からぶわっと炎が巻き上がる。一瞬のこと、けれど近くに舞っていた兼定の髪に引火した。

「兼定火事ーーーー!」
「うおおっ?!」
「主、水!堀川火止めて!」
「わ、わかった!」
「水!水!兼定水!」
「俺にじゃねーよ!鍋にだ、鍋に!」

「君たちは何を騒いでいるんだい!雅じゃない!」

 歌仙が来たことによって、消火もその場の沈静化も図られた。今回の犠牲としては、兼定の髪の毛と鍋の底が焦げたこと。あとは堀川国広がとても落ち込んでしまったこと。鍋はまた買えばいいし、もはやもうちょっと大きいのに買い換え時だったと思えばいい。兼定の髪は綺麗に整えてあげよう。
 でも、そんな堀川国広を兼定が怒ったりしなかったこと、それが微笑ましかった。やっぱり彼は兼定の相棒で、お互いにフォローしあう関係なんだね、と一人考えて満足して頷く。

「良い感じにまとめてるところ悪いけど、主のこと歌仙が呼んでるよ」
「激おこ?」
「激おこ」
「わあ」

 今回の犠牲は私が歌仙からめちゃめちゃ怒られるっていうことも追加されそうだ。ひどいとばっちりだ。おやつ食べてから考えよう。