慈愛のうばら
時は変わって、これは数日前の手合わせの時のこと。
一通りみんなが内番をしている姿を確認し、出陣の見送りも済んだ。出陣する清光と歌仙に釘を刺されたことによって、今日分の書類もほぼ完了。あとは戦果報告を残すのみ、もちろんこれも本日の近侍の山姥切がいろいろ手伝ってくれたおかげだった。
珍しく予定通りに頑張った自分を褒めるように、凝り固まった腕をぐるぐる回す。すると、横から山姥切が「今日は随分と進みが早かったな」と呟き、スッと襖の外側へ視線をやる。少し呆れたように言う様子に、あ、バレてると思った。
そう、今日はやりたいことがあったから、仕事なんてサッサと済ませてしまったのだ。楽しみがあると頑張れる。やればできる子!
「主、この後はどうするんだ」
「いや、もう山姥切わかってるでしょ?わかってて聞いたなー?」
「やけにテンションが高いな」
「とか言って、山姥切も見たいくせに。ソワソワしてるし」
「……ソワソワなど、していない」
「いや、してるよ。浮き足立ってるよ。バレバレ!」
そう言って私が立ち上がれば、彼も私の後を追うようについて来た。「バレバレ……くそっ、俺が写しだから……」という言葉を添えるのを忘れないところに私は逆に感心する。キャラぶれないね。
でも、私もソワソワしていた。そう、今日私がやりたかったこと。それは、堀川国広の初の手合せ! 兼定と山伏、それに安定。彼に馴染みのある刀たちで固めてみました。その方が、本来の力を出せるかなと思ったから。それを楽しみに今日は仕事を頑張ったのだ、はやる気持ちを抑えつつ、山姥切と一緒に鍛錬場へ足を進めた。
「お、やってるやってる」
「物騒な言葉が飛び交っているな」
鍛錬場に近付いていくと、カンッ、カンッと小気味良い音が響いていた。その中にたまに紛れる物騒な言葉の数々に、山姥切と顔を見合わせた。
どうやら、今ちょうどよく手合わせしているのは堀川国広と兼定のようだった。邪魔をしないように気を遣いながら、鍛錬場の扉からススス、と頭だけを覗かせる。上に山姥切、下に私。傍から見ると変質者だな。
「斬って殺すはお手の物ォ!」
「こっちだって!闇討ち暗殺お手の、物っ!」
「おうおう、国広、割とやるじゃねぇか!」
「もちろん、これでも兼さんの相棒だから、ねっ!」
言葉を交えながらも、激しく、そして楽し気に打ち合う二人を見て思う。本当、顕現できてよかった。マジで。兼定があんなに嬉しそう……と親のような気持ちになって涙がちょちょぎれそう。横でヒラヒラ舞っている山姥切の布を引っ掴んで目の端を拭えば、彼はギョッしていた。
そんなことをしていれば、二人の打ち合いを見ていた山伏が私たちを目に入れて、嬉しそうに口を開いた。
「カッカッカッ!これは主殿と兄弟!よくぞ来られた!」
「おう、主に山姥切!しっかり見ておけよ、なんなら写真に撮ってもいいぜ!」
「主来るの遅いよ、僕のも見てってよ!」
三者三様な反応と言葉放つ彼らに、やっほーという意味を込めて緩く手を振った。ただ、その中で一人だけ、やっぱり違う反応をしてくる人がいた。
「えっ?!」
堀川国広は、こちらに視線をやり視界に私たちを入れた途端に目を大きく見開いた。口がワナワナと震えている、なんだか既視感がある。
すると、彼が握り込んでいた竹刀が彼の手元からスルリと離れ、勢いよく前へ飛び出した! そしてそれはそのまま、前にいる兼定にぶつかった。デジャブだ!
「ぐえっ」
「かっ兼さんっ!ごめんっ!」
「ぎゃー!兼定がノックアウトされた!」
お腹あたりに飛んでいった竹刀で、兼定が後ろに倒れた。ものすごい衝撃だったらしい。大丈夫か大丈夫かとみんなで周りを囲む。堀川国広は顔を青くして兼定に「ごめん、兼さん……」と呟く。すると、兼定は体を起こし、
「気にすんじゃねぇ!これも鍛錬だっつーの!」
「さすが兼定。男だわ」
「もっと褒めてもいいぜ」
「和泉守、すっ転んでてウケる」
「おい安定テメェ!」
ケラケラと笑う安定に怒り出す兼定。いつも通りのその光景に、大丈夫そうだと一安心する。
その後、落ち込んでいる堀川国広に声を掛けようとそちらを見れば、視線がかち合った。けれど、すごい勢いで逸らされてしまい、私は完璧に話し掛けるタイミングを失った。その代わりに、察したのかなんなのか、山姥切が堀川国広に声を掛けてやっていた。
おや? あれ? これって、もしかして。
その後も、何度か顔を合わせる度に挨拶をしたり、話しかけようとしている。けれど、当の堀川国広は挨拶程度はするにしても、やっぱり様子がおかしいのだ。
私を視界にいれた途端、顔が青くなる。それに視線が合わない。なにこれ、やっぱり私が何かしてしまったのだろうか? 他のみんなとは普通に喋っているみたいだし、現に兼定や清光たちとは楽しそうに話している姿を目にしていた。なんだ、私がハブなのか? おかしい、おかしいぞ……。
結果、私は堀川国広が顕現してから一回もまともに喋ったことがない状況に陥っていた。ガッデム。
という訳なんだわ。
その言葉で話を締めて、清光の方を伺い見る。すると、清光は少し考え込んでみせた。「たしかに、今まで聞いたことないよね」私の初期刀である彼は、最初からいろんな所に一緒に来ていたし、審神者会議にも演練にも数多く出席している。その中でも堀川国広に出会うことは多くて、話をすることだってあった。新撰組の刀のよしみもあってか、清光と堀川国広はすぐ仲良くなっていたから、彼ならこの堀川国広事件を解決できるんじゃないかと、私は踏んだのだ。
「でしょ?他の本丸の堀川国広とはやっぱ印象違うし、清光何か知らない?」
「顕現してから、特別な何かとかはなかったと思うけど」
「うーん、そっか。じゃあなんであんなに堀川国広が堀川国広らしくないだろう」
まあ、らしいらしくないは、正直どっちでもいいのだけれど。この事件を解決しないと、私は堀川国広と永遠に喋れない気がする。そんなのは嫌だ、私が顕現した刀だし仲良くしたい。
うんうん唸って首を傾げる私に、清光はぐっと綺麗な眉を顰めた。そんな表情でも私の初期刀は美人だ。どうした美人。
「で、ちなみに聞くけど……主は堀川国広“らしさ”が大事なの?」
清光から出てきた言葉の意味がわからなくて一瞬きょとん、として間が空いた。らしさ?
彼の表情はどこか心配するように、そして少し咎めるような色も持っていた。ああ、そういうことかと納得する。
「いや、そこは違うよ!あれが素ならそれでもいいんだけど、最初から避けられてるし、なんかしちゃったかと思ってさぁ」
「……まあ、そうだよね。知ってた、知ってたよ」
「それに、このままだと堀川国広の命が危ない」
「命?」
「あのドジっ子具合とかが、戦場で発揮されたら困る。折れて欲しくない」
「ああ、そーゆうことね」
清光は安心したように笑い、私の頭をポンポンと撫で付けた。顕現したてのころから、私の頼りなさをカバーしてきてくれた清光は、さながら私を妹のように見ているのだろう。私が落ち込んだ時、真面目に悩んでいる時などはこうして話を聞いてくれて、最後にはこうやって頭を撫でるのだ。それだけで私は気持ちを落ち着かせられる。やっぱりさすがだ。
安心して緩んだ私の顔を見て、清光も満足したみたいに笑った。それから一呼吸置いて一つ提案をしてくれた。それに私は何度も頷き名案だと思った。さすが私の初期刀! 頼りになるよ清光ー!と抱きつけば、軽くあしらわれた。
「一回、近侍にしてみれば?本丸と、主に慣れるためにもさ。あいつ、他の本丸ではしっかり者かもしれないけど、ここでは顕現したての子供みたいなもんだからさ」