あなたはただ一つ唯一の



 縁側から、庭をぐるりと回ってきてみれば、玄関まで辿り着いてしまった。さっきまでは緊張して見えていなかったけれど、門の付近にはいろいろな種類の花や木が植えられていた。本丸を訪れた人の目に、一番最初に入る場所。綺麗だと喜んでもらえるように、という心遣いなのだろう。
 同じようでいて、全く違う本丸のかたち。見た目だけでなく、その内に存在するものも似て非なるものだ。堀川さんは堀川国広という刀だけれど、私の刀である堀川国広とはやはり違った。

「本丸に帰ったら、もう一度、あなたの堀川国広と話をしてみてください。その時は今こうしているように、手に触れて、ゆっくり話をしてみて」
「手、ですか……ふ、振り払われたりするんじゃないかな……」
「ふふ、大丈夫です。もし本当に不安だったら、兼さんに羽交い締めにでもしてもらってください」
「堀川さんおっかない」

 さらりとこわいことを言う彼は終始にこにこしていた。演練などで耳にしたことがある「僕、結構邪道なんですよ」という言葉が脳裏を掠めた。邪道だろうがなんだろうが、それでも今は私のために言葉を尽くしてくれているのだから、ありがたく受け取ろうと思う。おっかないけど。

「……少しは、お力になれましたか?」
「少し、なんてもんじゃないです!……もちろんまだ不安はありますけど、堀川さんに大丈夫って言ってもらえたので」

 同じ堀川国広の姿で言葉をかけてもらったことで、幾分か胸に勇気を抱けた。堀川国広があんな風に振る舞うのには理由があるのだということに気付けた。それは大きな収穫で、次のステップへの大きな一歩。
 堀川さんの言葉を噛み締めながら、本丸へ帰ったらどうしようかと思考を巡らせる。本当に兼定や清光たちに堀川国広を足止めしてもらおうか、なんて思ってみたりもする。いくら脇差に機動力があるといっても、不意を突けば良いのではないか。
 捕まえられてしまえば、そこからはこうやって、手を握ってみたりして。振り払われないのであれば、ゆっくり話をするキッカケにはできる。座ってゆっくり話してもいいし、今日みたいに散歩しながら話すのもアリかもしれない。今まで話せていなかった分、一緒に本丸の中を巡ってみたり。
 そんな風にうまくいったらどんなに良いだろう。ポジティブとネガティブがゆらゆらと揺れている。百面相に近い私を堀川さんは穏やかに眺めてくれていた。見守られているような心地がくすぐったい。

「……堀川さん、なんでこんなに親身になってくれたんですか?同じ、堀川国広のことだったから?」
「ううん、そうだな……ほら、僕らってそれぞれの本丸にいるじゃないですか。脇差なんて特に珍しい刀種でもないし」

 あ、もちろん、本丸によりけりだとは思うんですけど。堀川さんは、私を気遣うようににっこりと笑いながら言った。私の本丸に堀川国広が長い間顕現しなかったことを指しているのだろう。
 どこにでもいる、そんな自分を、この本丸の堀川国広を目指して訪ねてくる人なんて皆無に等しい。だから、嬉しかったんですよね、と堀川さんは柔らかく笑んだ。それは、私が近侍を頼もうとした時の、堀川国広の笑顔に似ていた。続け様に堀川さんは言葉を紡ぐ。
 そういう特別って、なかなか出会えないものだと思うので。

「だから、僕もあなたの力になれたら嬉しいなって」

 やわらかに細められた瞳は、更なる安心感を生み出してくれた。こんな風に、気持ちを尽くして言葉を尽くしてもらって良いんだろうか。少し不安になるくらいに、彼はやさしかった。
 話しながら繋がった指先に力を入れる堀川さんは、穏やかな色を瞳に落とす。じんわりと胸の内に広がる熱は私の涙腺をちくちくと刺激して、瞳にはすぐに水の膜が張られてしまう。
 堀川さんのため、本丸のみんなのため、自分のため、そして堀川国広のため。私は、みんなの想いに報いたいと切に思う。


 どこまでも切れ間なく続く青い空。ピンとシワを伸ばされたシーツの白は、青い色によく生えている。安定くんと僕、後から手伝いに来てくれた清光くんは慣れた手つきでその光景を広げていく。
 この光景に反比例するように、僕は未だ身の内に曇天を飼っている。いつまでも晴れないこの気持ちはどうしたらいいのだろう。また一枚シーツを手に取る。洗いたてのこのシーツのように、僕の内側も洗い流せてしまえればいいのに。
 無心で籠の中に入っていたシーツを全て空の下に広げた。手を動かしていないと、自分自身の黒々とした部分に押し潰されてしまいそうで。

「……ねぇ清光、今日主はどこ行っちゃったの?」
「あー、なんか、他の本丸の堀川国広に会いに行ったよ」
「え、他の本丸って、あのいつもの審神者さんの?なにそれ、僕も連れてってくれればよかったのに」
「今日の近侍は兼定だから兼定と一緒に行ってるよ。我慢しなよね」

 ふたりの会話を耳にして、考えるより先に体が反応した。淀みなく動かしていた手がピタリと止まる。今、なんて。
 会話に割り込むように体ごとふたりの方を向き、声を出せば思いの外大きな声が出て自分でびっくりしてしまう。

「き、清光くん!今なんて、」
「今日の近侍は兼定だから?」
「ち、違うよ!もう一つ前!」
「主が他の本丸の堀川国広に会いに行った」

 頭をガツンと殴られたような衝撃に、目の前がくらりと白んだ。主さんが、他の本丸の僕……堀川国広に会いに行った。
 それが何を意味するのか、わからない程馬鹿ではないし、その要因をいくつも生み出したのは僕自身だ。何度だって機会を与えてもらいながら、ひとつも報いることができずにここまで来てしまった。当然の報いなのかもしれない。他の本丸の堀川国広に会った主さんは、僕などいらないと言うだろうか。この身は解かれて鉄に戻るだろうか。
 しん、と降ろされた沈黙の中で、心臓の鼓動だけが鮮明に聞こえた。このままで、いいのか。そう問うように清光くんと安定くんはまっすぐに僕を見ていた。くちびるが戦慄く。

 --僕は、

「お願いがあるんだ」

 このままではいたくない。このまま、ひどくやわくなってしまった縁を手放したくない。まだ、彼女のことを何も知れていなくて、何も伝えられていない。

「主さんが行った本丸の場所を教えて欲しい」

 はじまりの時、あの時に感じたあたたかさを本当の意味で失いたくない。もう一度、僕にも笑いかけて欲しくて、胸に滲む気持ちを手渡したい。
 そして今度こそ、あなたの役に立って、あなたと同じ温度で同じ表情で笑い合いたい。主さんに、笑って欲しいと思う。できるなら、僕自身が彼女に笑顔を届けたい。
 今まで何度も失敗した。傷付けてしまった。今更調子のいいことだとも思う。それでも、最後にもう一度だけ、今度こそ、主さんの手を取りたい。

「……ほーんと、世話が焼けるよね」

 いいよ、俺が一緒に行ってあげる。乱雑に頭を掻きながらもはっきりとした言葉を僕に届けた。呆れつつも、やわらかな音で紡がれた言葉に覚悟を決める。

「ただし」

 清光くんはすうっと瞳を細めてそう言った。切り捨てるような鋭さをもった言葉だったのに、どうしようもなくあたたかな手のひらに背中を押されたような気持ちになった。

「本当に、これが最後のチャンスだと思ってよね」

 逃げ続けるなんて、士道不覚悟だ。僕はもう、この機会を、今度こそ逃さない。



 駆け出していた。足が千切れるかもしれないと思うほど力強く、地面を蹴った。脇差の機動は短刀よりは劣るだろう、けれど身軽さには自信がある。なのに、この体ときたらまったくうまく動かず、重りでも引きずっているような気分だ。
 きっと、その重りは僕の内側から生まれたものなのだと思う。どうせなら引きずられて、削れて少しでも軽くなればいいのに、そんなにうまくはいってくれないらしい。僕はそれでも、足を前に押し出す。
 逃げ出す時にはさも自慢であるかのように動いたくせに。自分から立ち向かう時にはそうならないなんて。
 それでも、一秒のうちに、一歩でも多く足を前に押し出すんだ。そうしないと、僕は本当の意味で大切にしたいものを失くしてしまう気がする。

 清光くんの声を背中に受けながら、飛び込むようにして他所の本丸の門をくぐり抜けた。本来であればこれはあってはならない失礼な行為なのだと思う。けれど、それを押してでも先に進まなければならない気がした。あとでお叱りは受けよう、いくらでも。ああでも、主さんが怒られてしまうことになったら、それだけは避けたいけれど、でも。
 主さんが今にも泣き出しそうな顔をしているのを見た。そして僕ではない”堀川国広"と指先を触れ合わせる彼女に、心臓が弾けるような心地になり熱が全身を巡っていく。鋭く駆け抜けていく感覚は、その光景が嫌だと、叫んでいるようだった。

「……主さんッ!!」

 ねえ聞いてください、主さん。僕は、あなたの刀でありたいと、人の形を得たその時から思っているんです。ずっと、ずっと。