まばたきでつくる魔法



 僕は、彼女のことを実はあまり知らないんだ。
 僕を顕現した人で、女の子。兼さんも清光くんも安定くんも長曽祢さんも兄弟たちも、この本丸のみんなが彼女を慕っている。大小様々な感情かもしれないが、ここに満ちているのは嫌な気持ちではなかった。実際に彼女について知っていることはそれくらい。
 それと、この本丸には今発見されている刀剣がみんな揃っていて、僕が最後の一振。顕現した時に見た光景を切り取ってくり抜いて誰かに見せてあげたいくらい、僕は歓迎してもらっていた。それに、初めてみた景色は一つ瞼を下ろして押し上げる度に魔法のように変わっていくのだ。とても嬉しくて、みんなが待ち望んでいてくれたんだと思うと、喉が詰まりそうにすらなった。
 そんな恵まれている僕だけれど、一つとても大きな問題を抱えている。そうだな、まずは僕が顕現したその日の話から聞いてもらえると嬉しいかな。




「今日も来なかったら、石切丸に祈祷してもらおう」

 暗闇の中、最初に聞こえてきたのはそんな声だった。声の主は誰かを待っているらしい、少し高めの柔らかさのあるそれは女の人の声だと認識できた。
 彼女が待っているのは僕以外の誰かなんだろうか? 脇差は他の、例えば太刀や大太刀よりも入手難易度は低い。“他の僕“がここに既にいることなんてザラじゃないか。
 そう考えて、僕が鍛刀されることで悲しい顔をさせてしまうんじゃないかと危惧し、形造られてすらいない体のどこかが痛んだ気がした。けれど、そんなことは次の言葉ですぐに杞憂だということに気付いた。

「それよりも、他の審神者に堀川が顕現した資材の率もうちょっとちゃんと聞けばいいんじゃない?」

 今度は、少し低めの男の人の声で僕の名が呼ばれた。堀川、と呼ぶその声はなんだか懐かしいあたたかみを持っている気がする。それは、一緒に戦場を駆けた戦友に呼ばれるような、懐かしさを含んでいて僕は先ほどの気持ちを溶かすことができた。
 脇差の僕がまだ顕現していないということは、まだ仲間は少ないんだろうか? でも、僕を、顕現しようとしているということは、他の刀剣はだいぶ揃ってきているのだろうか。形造られてきた自身のどこかが、ざわめく。
 僕は刀だから、そのざわめきが何からくるものなのかイマイチ分からないが、悪いものではないと思う。誰かに必要とされて、待たれているっていうのは気分が、いいな。

「聞いたよ!さすがに聞いてる!この前の審神者会議の時聞いてメモして次の日それでやっても駄目だったよ……」
「あぁ……そう……ごめんって……」

 彼女は大分、僕を待ち望んでくれていたらしい。ざわめきはどんどん大きくなる、待たれているのは僕だ。彼女と彼のやり取りの中にもあたたかみを感じる、とても長く連れ添ったような相棒のような。僕もその中に入れるだろうか、今日から。
 そして、ふと気付いた。相棒、僕の、相棒は、ここにいるんだろうか? もし、この本丸の状況が後者であれば、兼さんがもういる可能性だってあるんじゃないか?
 そんなことを考えていれば、誰かの柔らかい手が僕の柄を握り込んだ。同時に、僕の暗闇は四散して光が弾ける。暗闇と光が入り混じって、明滅して白く塗り潰される。顕現されるって、こういう感じなんだなと僕は自分のことじゃないように考えていた。とくり、と脈打つ音が、した。
 瞼を開けば、桜色が溶け込んだ光が視界に入った。まばたきをする、その度に魔法のように光が弾けてきらきらと輝いた。僕はこの時、初めて自分の目で世界を見た。
 それは、暗闇しか見てこなかった僕にとっては未知で、美しくて、言葉に表すことは容易ではなかった。その中にいるのは、僕と女の子と赤い袴を着た男の人だった。二人の瞳が丸々と上と下に引っ張られていくのが、ゆっくりした時間の流れの中で見えた。
 言いたいことは、たくさんある。話して触れてみたいものもたくさんあるけれど、まず僕の口を突いて出たのはさっき直前に考えていた兼さんのことだった。けれど、それは目の前の二人の雄叫びによって掻き消されることになる。

「あの、すみません。こちらに和泉か……」
「あ……」
「あれ」
「あ、あ、あーーーーーーーーっ?!あっ!?」
「きたじゃん!やば、安定たち呼んでくる!」
「よろ、よろしく!堀川国広さん!きてくれて本当にありがとうございますッ!!」

 赤い彼はそう言って駆けていったし、女の子はしきりに頭を下げて、そしてふやけた様な瞳で僕に飛び付いた。…………え?
 さっきの彼、安定って言ってたから、清光くんかな? それなら、兼さんもいそうな気がするな、清光くんが“安定たち”って言っていたから。安直かな。そんなことを考える、なんでかっていうと、僕は今の現状に追いつけていないから。
 ふわ、と目の前で舞ったのは彼女の手触りの良さそうな髪の毛で、すぐに触れられそうな位置にある。それから、彼女の両手は僕の首あたりに加減を知らない力で巻き付いていて、少し、苦しい。でも、それが僕を待ち望んでくれていた結果だと思えば、ざわめきが上乗せされていく。
 何か、言わなきゃ、自分の名前とか、顕現してくれてありがとうござますとか。そんな細切れの言葉たちが頭の中を泳いでいく。今の僕の頭の中はいろんな情報の洪水だから、泳ぎにくいかもしれない。

「本当にありがとう、私この本丸の審神者をやっているです。これから、何卒、何卒よろしく……!」

 耳元で彼女が、水に溶けてしまいそうな声を出す。まず、それだけで、僕のざわめきは右肩上がりに増していく。望まれて、望んでくれていたのだ、とてもありがたいものだ。
 彼女がぎゅうっと腕に力を込めれば、元から無かった距離が更に縮まった。とくりとくり、と刻む音が直接僕に響いてくる。僕の中にも存在するようになったそれは、彼女と同じ様な音を出して主張する。
 極め付けは、全身から感じるあたたかさだ。不快ではなく、居心地のいいお湯の中にいるようなあたたかさ、それに追い討ちをかけるようにやわらかい香りが僕の元まで届くのだ。
 その一つ一つが、木々を揺らす風みたいに僕を揺さぶる。ざわめきが、どんどん大きくなるのだ。うまく、口が回る気がしなくて、内心参ってしまう。僕、こんな風だっけ?

「あ、の、」
「本当、嬉しい、みんなすごく喜ぶと思う!兼定も、安定も長曽祢さんも。山姥切も山伏も、いやもううちの本丸全員!」
「そ、うですか」
「みんな祝杯だーっ!って、きっと雪崩れ込んでくる!」
「……あ、なたも、」
「おい!主!国広が、国広が来たってマジか?!」

 バンッ!!という破壊音混じりに扉を掴んだのは、黒髪を綺麗に結わえたその人だった。国広、と呼ばれたことで、直感だけれどこの人が兼さんだと、一瞬でわかった。兼さんが、空色を滲ませているから、僕も同じような気持ちになる。じわじわと胸のあたりに滲むようなこの気持ちは、きっと嬉しいっていうことだと思った。
 「ほら、来たー!」嬉しそうに声を転がす彼女は、やっと僕の首から腕を離した。そして、言う通り、本当に雪崩れ込んできた刀剣たちの方へ僕の背中をとん、と押した。
 それから、押され揉まれ、流されていってしまった彼女とはその日は話すことすらできなかった。宴会だー!と叫んだ誰かの声を聞きながら、彼女の姿を探したけれど、離れた場所で彼女はみんなの表情を見ていた。
 離れているのに、目の端に必ず入ってくる彼女は本当に、本当に嬉しそうに口元を綻ばせるから、僕も同じようにせざるをえなかったんだ。